CALLシステム
授業担当教員の声

「国際英語の共同体」における統合的実践:CALL教室を利用して


日野信行(大学院言語文化研究科助教授)

1.CALLの多様な可能性

 共通教育の英語授業の場として、サイバーメディアセンターのCALL教室を使わせていただいている。本稿では、自分なりの授業実践について報告する。
 CALL教室を用いて外国語の授業を行う際には、さまざまな教授法の可能性がある。現在の主流のひとつは、学生の個別学習を機軸として、教員はいわゆるfacilitator の役割を果たす、という形態であろう。もちろんこの個別学習中心のアプローチにもいろいろな長所があるだろうが、私自身は、基本的には、一斉授業においてCALL教室の設備を活用するという方法を採っている。また、私の授業ではCALL用教材や英語教育用ウェブサイト等は使わず、英語教育用に作られたものではない現実のウェブページを、生の英語素材として利用している。「CALL授業」と通常呼ばれる授業形態とはおそらく異なり、いわば「もうひとつのCALL」とでも言うべきところであろうか。以下、自分のクラスの教材、授業手順、授業のねらいなどについて紹介する。

2.教材

 私のクラスの教材は、授業当日の英語ニュースである。私が授業日の早朝(あるいは未明)に自宅で録画した衛星放送のTVニュースを出発点として、そのニュースに関連する記事を掲載しているインターネット(ウェブ)上のさまざまなニュースサイトを比較しながら参照するという方法である。特に、当日の世界中の英字新聞を次々と瞬時に入手して読み比べることができるのは、CALL教室の大きな利点である。
 テレビのニュース番組としては、NHK BS-1において夜明け前の時間帯に放送されているアジア諸国のテレビ局のニュース、すなわちATV (香港)、Channelnews Asia(シンガポール)、ABC-CBN(フィリピン)、またやはりNHK BS-1で早朝に放送されているCNN(米国)やBBC(英国)のニュースを主として用いている。私は、できるだけ早く起床して、録画したニュースの中から授業で使うのに適した素材を選び出すとともに、その内容と英語の両面についてわかりやすい解説の方法を考える。ただし、著作権の問題も生じうると思うので、この録画したニュース番組の使用はかなり限定的な規模で行うようにしている。
 さらに、テレビで扱われているニュース項目について、インターネットを通していろいろな国のニュースメディアの電子版を参照し、多様な視点を提供してくれるような記事を選び出して授業に備える。そのように準備しても、授業の時になると記事が更新されていることも少なくないが、その場合は、準備した記事を使うことはあきらめて、授業ではリアルタイムの最新の記事を優先する。あくまでも「現実の状況」での英語にこだわるのである。
 このインターネット上の英語ニュースとしては、CNN(米国)、BBC(英国)、Channelnews Asia(シンガポール)、NHK World Daily News(日本)などTVニュースのウェブサイトに加え、たとえばThe Korea Herald(韓国)、Jakarta Post(インドネシア)、The Jerusalem Post(イスラエル)、Aljazeera(カタール、英語版)など、様々な立場のメディアを用いる。たとえば、ユダヤ保守派の The Jerusalem Post とアラブのメディアである Aljazeera とでは、正反対の視点からの分析を読むことができて興味深い。
 当日のニュースを教材とするため、授業準備は時間との熾烈な戦いで、1限の授業がある日は午前5時半頃には起きる必要がある。昼休みも、午後の授業に備えてインターネットで最新のニュースの状況を確認する。
 なお、月曜(の未明)にはアジアのニュースは放送されていないので、月曜日の授業では、テレビのニュースに関しては英米のテレビ局発のニュースのみになるが、非英米のメディアの視点もインターネットを通じて補っている。英米の枠組を超えた多様な価値観の表現手段としての「国際英語」の立場を重視するもので、インターネットはまさに「国際英語」への入り口である。 

3. 授業手順

 私のクラスにおける基本的な授業手順は以下の通りである。
① 当日のTVニュースを視聴する。
② ①のTV局のウェブサイトで同じニュースを読む。
③ ウェブ上の複数の英字新聞で、同じニュースに関する報道を比較対照する。
上記の①~③を通じて、教員の私は、ニュースの内容に関する質問や学生自身の意見を問う質問を英語で行うとともに、ニュースのポイントや背景事情について英語で解説する。これらの質問や解説には平易な英語を用いるが、英語だけで済ますには難解に過ぎるような題材の場合は日本語でも補足する。
 このクラスにおける活動は、要するに、「当日の英語ニュースを視聴し、読み、それについて話し合う」ということである。世界中の英語ユーザーがその日のその瞬間に現実に行っている活動に自分たちも参加する、という趣旨である。「実践共同体への正統的周辺参加」によって学ぶという、近年の教育理念に通じる授業方法であると考えている。

4. この授業のねらい

 本授業は、上述の「国際英語」(English as an International Language)や「実践共同体への正統的周辺参加」(Legitimate Peripheral Participation in the Community of Practice)をはじめとする様々な教育的概念を統合的に実践しようとするものである。本稿で詳述する紙幅はないが、上記以外にはたとえば次のような概念がある。Media Literacy Education(メディアのバイアスを認識しながら主体的に読み解く力を養う)、 Critical Thinking (批判的な思考力・分析力の養成)、Newspaper in Education(NIE, 新聞の利用による生きた社会的学習)、Global Education(地球市民を育成するための国際理解教育)、Content-Based Language Education (意味のある内容に基づく言語教育)、Learner Autonomy (自律的な学習者を育てる)、Integrated Approach (言語諸技能の統合的学習)等である。
 CALL (Computer-Assisted Language Learning)について言えば、コンピュータ等の機器はあくまでも上述のような教育理念を実現するための補助手段として、必要な範囲内で利用するにとどめている。たとえば、その象徴的なあらわれとして、私は、学生の出席は機械では取らず、ひとりずつ名前を呼ぶことにしている。CALLシステムを使って一瞬にして全員の出席を記録する方法は私も知っているが、それはあえて避けている。授業の最初に出席を取るという行為を、私は人間と人間との「挨拶」と位置づけ、教員と学生のラポールの形成のための重要な過程と考えているのである。出席を取る際、私は個々の学生と出来る限りアイ・コンタクトを行い、また学生の「はい!」という返事に対して、私も必ずさらに「はい!」と答えることにより、学生のひとりひとりを「世界にひとつだけの花」として全員の前で認証する。CALLにおいては、テクノロジーに人間が使われるような本末転倒に陥ることなく、目的に応じて主体的に使いこなす姿勢が大切であると思う。

5.フィードバックを生かして授業方法の改善へ

 私は2003年度から、大阪府教育センター(教育委員会)からの依頼で、大阪府の中学・高校教員研修への協力の一環として、公開授業を秋に行っている。サイバーメディアセンター(マルチメディア言語教育研究部門)からもこの企画に対するサポートをいただき、感謝である。この公開授業には、例年、50名を超える英語の先生方が授業見学に来られる。最近の大学英語授業における新しい試みを中学・高校の先生方に見ていただくのがその主な目的だが、同時にまた、私にとっても、中学・高校で教壇に立っておられる先生方の視点から私の授業方法に対する御意見をいただいて、自分の授業の改善に役立てることができる貴重な機会である。
 受講生からフィードバックを得て、より良い授業方法の検討に生かすことも、もちろん重要である。幸い現在の本学では、サイバーメディアセンターや大学教育実践センターの先生方・スタッフの方々の御尽力により、自分のクラスの学生を対象としたアンケートを教員が独自に作成してウェブ上で容易かつ効率的に実施(さらに結果の分析も)することのできるシステムが利用可能となっている。私も、学生の感想を授業の向上に資するためにこのシステムを有難く利用させていただき、自分なりのアンケートを作成して実施している。それによると、これまでの私の授業方法は、たとえば「国際英語の多様性の認識」「複眼的な思考力の養成」「国際理解の促進」などの点ではかなりの成功を収める一方で、「言語4技能の総合的向上」や「自律的な学習方法の習得」などについてはまだまだ改良を検討すべき部分が多いことが浮かび上がってくる。
 授業見学者や受講生からのフィードバックをもとに授業方法の向上をはかることは、近年のいわゆる Reflective Teaching の理念に沿うものであり、これからも力を入れていきたいと考えている。
 最後になったが、CALL教室での授業を支えてくださっている皆様、特にマルチメディア言語教育研究部門の先生方、サイバーメディアセンターの職員の方々、そしてTAの大学院生の皆さんに、心からの感謝を申し上げたい。TAの方々には、受講生の機器のトラブルへの対処等の仕事に加え、授業のトピックそれ自体に関する私からの英語での質問に答えていただく形で、英語でのコミュニケーションのお手本を受講生の前でしばしば示していただいている。大学1・2年生の受講生にとって、言語文化研究科の院生であるTA皆さんの達意の英語は、あこがれの目標であるに違いない。