CALLシステム
授業担当教員の声

CALLで英語を教える--私なりの摸索


里内 克巳 (大学院言語文化研究科 英語教育部門)

 サイバーメディアセンターのCALL教室で共通教育の英語授業を始めたのは4年前。当時の私はカリキュラム委員をしており、阪大の英語授業の将来的なあり方を見定めるために、ほとんど予備知識を持たなかったCALLのシステムを自分で使ってみる必要があった。文字通りゼロからの出発で、はたして使いこなせるかどうか不安を抱えてのスタートだったが、幸いTAやサイバーメディアセンターの助手の皆さんの有能なサポートを得て、少しずつ使える技術を増やすことができている。
 「ネットアカデミー」などのオンライン・ソフトを使った自習の時間と、インターネットのニュースサイトから選び出した記事を使って読解の授業をする時間とを組み合わせることが、私の現段階での授業の基本パターンになっている。英語の自習用のソフトは年々充実してきており、使い勝手も向上しているが、これを授業時間の内と外でどのように使い分けていくか、そして各学習者のそれぞれに異なる取り組みをどのように評価するか、そんな点が教師としては頭を抱えるところである。
 オンライン・ソフトを完全に自習用として位置づけ、授業の中では使わないという方針をとることもできるだろう。しかし私の場合は、一斉授業の単調さを破るという意味合いで、学習者それぞれの興味と能力に合ったレッスンを選んで取り組んでもらう時間を、授業の中に20分程度は組み込ませ、意欲があれば授業外でさらに自習をするように奨励する方針をとっている。もう少し授業の中に食い込ませることも可能かもしれないが、私の観察では、オンライン・ソフトでの自習にもある種の単調さがあって、学習者が飽きてくる臨界点は確実にある。また、「ネットアカデミー」の場合、各レッスンの小テストの成績や学習時間が記録されることになっているので、それを基にして成績をつけることができるのだが、その程度の記録で学習者の英語力が向上したとは必ずしも判断できない。理想的には、このように学習者が自分に合ったプログラムを選択して自習をする部分についても、最終的にしっかりとしたテスティングが行なわれるべきだが、そのシステムを組み込んだソフトは、残念ながら今のところない。
 英語のニュースサイトを使った読解作業は、通常次のように進めている。まず、その時間に読む記事を各受講者の端末に送り、同時にあらかじめ作成しておいた紙媒体の小テストも配布する。受講者は15~20分程度の決められた時間のなかで端末上の記事を読み、小テストの問題に取り組むことになる。この作業では、「ロボワード」などコンピュータ画面で使える辞書を使っても構わないし、検索エンジンを使って固有名詞を調べても構わない。その後は、英文記事をじっくりと読み進め、質疑応答しながら理解を深めていく。同時に学習者に小テストを自己添削させて、授業の最後に提出してもらう。回収したプリントは、私が再チェックしたうえで次の時間に返却することになる。
 紙媒体の教科書を使うことに比べて、インターネット上の英語記事を利用することには、確かに利点がある。何よりも現在進行中の出来事を扱った英文は、学習者の関心を強くひきつける。素材の即時性という点では、インターネットは大きな力を発揮する。またニュースサイトのなかには、動画や音声ファイルを付けたものもあるので、リーディングとリスニングの練習を同時に行なうことも可能だ。BBCのように、英語学習者用のニュースサイトを開設しているところもあるので、そのようなサイトを授業のなかで活用しない手はない。
 しかし、毎回の授業の準備に多くの時間を割かなければならなくなったことも事実である。受講生の興味を刺激する素材を毎週選んでいかなければならないし、それに加えて1・2年生の英語能力に見合った英語で書かれた記事となると、見つけるのは容易くない。インターネットの英語は、権威のあるニュースサイトの記事であっても、紙媒体のものと比較するとスタイルや語法については疑問に思えるようなものが少なくない。小テストを作る手間もあり、授業の前日は睡眠時間を削りがちになる。インパクトのある授業を行なうためには仕方ないかと思う一方で、通常教室での授業よりも準備に時間がかかってしまうことに戸惑いもする。
 さてこの数年で、全国的にCALLシステムがじわりと浸透してきたため、日本の教科書会社も、従来の紙媒体のテキストだけでなく、パソコン画面上で学習ができるようなマルチ・メディア教材を開発し始めている。まだ模索段階だが、今年度はオンライン・ソフトを使う代わりに、補助教材としてそんなテキストを試験的に使ってみた。
 この教材は、現代アメリカ社会を素材にした読解教材で、英文を印刷した紙媒体のテキストに、CD-ROMがつけられている。CD-ROMは文字テキストに加えて、それに関する注釈・解説が出せるだけでなく、音声・動画によって、立体的な学習を促す仕掛けになっている。英文が比較的平易であることを考慮して、基本的にこの教材は授業時間外に学習しておくものとして、毎回の授業ではなるべく短時間で理解度の確認を行なう方針をとった。同時に、学習の最初の段階では文字に頼ることなく、リスニングによって内容の理解を図る努力をすること、そして各ユニットの学習終了時には、やはり聴くだけで完全に理解できるようにしておくことも指示した。
 実際に授業を開始して、教材研究をじっくり行なってみると、CD-ROMの技術的な出来ばえ以前の問題として、各章で扱われるトピックの書き方が凡庸で、政治的には「中立」を装いながらも、かなり保守的な部分が多いことが気になり始めた。そこでインターネットによる読解の段階で、CD-ROM教材の章に対応したトピックでありながら、まったく異なる視点を持ち、かつ「とんがった」主張を持った記事を読ませるよう工夫をしてみた。
 具体的な例を挙げると、メキシコから大挙してやって来る不法移民を扱った章があるが、ここで明らかに移民たちは「犯罪者」であり、アメリカ社会に脅威を与える存在として書かれている。CD-ROMにつけられた動画のなかの取締りの光景、そしてそれに添えられた不穏なドラム音楽は、そのような視点を強調するために使われているようである。そこで授業では、不当な労働条件でビル清掃の仕事に従事する移民たちを温かく描いたケン・ローチ監督の映画『ブレッド・アンド・ローズ』を批評した記事を使って、移民たちに対してより好意的な見方があることを紹介した。同じように、国民的な祝祭日である感謝祭を好意的に扱った章の後は、アメリカ先住民の書いたエッセイを読み、「征服された側」がこの祝祭日に対してどんなに複雑な心境を抱いているかを見た。また、遺伝子組み換え食品に対してどっちつかずの態度を示した章の後では、環境保護団体「グリーンピース」のホームページから、遺伝子組み換えされた農作物がなぜ危険なのかを説明する箇所を選んで読んだ。教科書とインターネットと、どちらが「正しい」記述なのかを示すというよりも、同じトピックでも様々な見方がありうるのだということに学習者の目を開かせ、自ら考えさせることが私の目論見だった。そんな訳で今回の授業は図らずも、英語の学習であると同時に「アメリカ研究」の入門篇という性格も帯びることになった。
 今後CALLのシステムはますます語学教育の現場に広がり、それに対応した教材が充実していくにつれ、授業のある部分が自動化・無人化されていくことは大いに考えられる。しかし「ことば」が人間のものであり、学習者も人間である以上、どれほど教材の技術的レベルが向上しても、そこに生きた人間である教師が介在して創意工夫をはたらかせる必要性は、根本のところでは減じないのではないか。その意味では、黒板とチョークしかなかった昔の時代から教育のあり方は変わらないし、旧式のやり方でも優れた教育のできる教師は、基本的にCALL教室でも上手に教えられるのではないか。今のところ、私はそう考えている。