特 集

「情報科」時代の情報リテラシー


宮本友介(大阪大学大学院人間科学研究科)

1.はじめに

 「2006 年問題」という言葉は、「(大学)教育の2006 年問題」と「人口の2006 年問題」1という2 つの側面で用いられるが、ここで取り上げるのは主に前者である。
 「教育の2006 年問題」は、2003 年度より実施された「平成11 年告示高等学校学習指導要領」(以下、「新学習指導要領」) にしたがった教育を受けた学生が2006 年から大学に入学するため、大学側でも高等学校での学習内容の多様化に対応した教育課程を模索しなければならない、というものである。とくに新学習指導要領では、「超ゆとり教育」と批判あるいは揶揄されているように、従来の学習指導要領に較べ学習内容が大きく削減されていることから、新入学生の基礎学力の低下が懸念されており、それを低学年教育で如何にして補うかということが随所で議論されている。
 その一方で、情報処理教育科目に関しては新しく教科として「情報」(科目「情報A」「情報B」「情報C」) が取り入れられ、各科目の目標は以下のように挙げられている2:

情報A
コンピュータや情報通信ネットワークなどの活用を通して、情報を適切に収集・処理・発信するための基礎的な知識と技能を習得させるとともに、情報を主体的に活用しようとする態度を育てる。
情報B
コンピュータにおける情報の表し方や処理の仕組み,情報社会を支える情報技術の役割や影響を理解させ,問題解決においてコンピュータを効果的に活用するための科学的な考え方や方法を習得させる。
情報C
情報のディジタル化や情報通信ネットワークの特性を理解させ,表現やコミュニケーションにおいてコンピュータなどを効果的に活用する能力を養うとともに,情報化の進展が社会に及ぼす影響を理解させ,情報社会に参加する上での望ましい態度を育てる。
これにより、従来は大学での情報処理教育科目において扱っていた授業内容の多くは、2006 年度以降は大学入学以前に前倒しで学習されていることになる。さらに、新学習指導要項の施行直後では高等学校によって「情報」科目実施状況にもムラが生じるであろうから、実際の習得具合には大きくばらつきがあることも予想される。したがって、大学の情報処理教育科目では何を教えるかということについて、まったく新たな視点で考え直す必要がある。
 本稿では、筆者が担当した「情報活用基礎」(人間科学部)を振り返り、新たな世代を迎えるにあたっての情報リテラシー教育の今後のあり方を考えてみたい。

2 「情報活用基礎」の現状

2.1 計算機システムと授業内容の変遷

 ここでは、人間科学部の「情報活用基礎」における計算機システムと授業内容の変遷についてまとめておく。
 人間科学部では,1995 年度より「情報活用基礎」が全学共通教育科目の必修科目となったが、当時の情報処理教育センター3は、約400 台のNeXTStation/Cube を中心とするワークステーションから構成され、NeXTSTEP (NEXTSTEP) をOS としていた。アプリケーションとしては電子メール(iMail.app)、NetNews (NewsBase.app)、WWW ブラウザ(Omni- Web)、表計算ソフト(Wingz) やドローソフト(Draw- Plus.app) 等が利用可能であった。ワープロソフトについても利用可能であったが、当時の計算機の処理速度では利用に耐えられなかったようだ。また、テキストエディタ(Edit.app) がRTF 形式をサポートし比較的表現力があったことや、LATEX による文書作成をGUI で実行できるアプリケーション(EasyTEXBuilder) が用意されていたことから、実際にはこれらが代用されることが多かった。当初の授業内容は、これらのアプリケーションを通じてファイルシステムの概念やネットワークコミュニケーションの作法、レポートの作成方法などを身につけることであった。
 2000 年のには情報処理教育センターは改組され、計算機システムはLinux 搭載のPC に更新された4。この頃には携帯電話やWindows PC が普及したため、「情報活用基礎」受講生のうち2~3 割が自宅にPC を所有するようになる。図1 は初回授業時にアンケート(詳細は後述)により受講生のコンピュータの利用経験を調査したものであるが、概して電子メールの利用やWWW の閲覧、作図やワープロソフトについては、受講生の過半数がすでに利用経験があり、その比率は年々増加している。
図1: 受講前習熟度の変遷。

 しかし、事前にコンピュータの利用経験がある受講生ほど、授業で用いるコンピュータのシステムが異なることに戸惑いを感じるようである。こうした異なるシステムの対比から、特定のアプリケーションの操作法の習得に終始するのではなく、たとえば文字コードやデータ形式についての概念的な理解を深める機会となれば理想的ではあるが、これには受講生をうまく動機づけることが課題となっている。
 2003 年以降は、「ネット犯罪」や「デジタル著作権」などの情報関連で耳目を集めている時事問題についても授業中で紹介するため、特定のテーマについて受講生同士のグループで調査し、授業中にプレゼンテーションをするという実習を取り入れている。これは限られた授業時間では制約は厳しいが、比較的受講生の動機づけも高く、期待以上の成果を上げているといえるだろう。

2.2 受講前習熟度によるクラス編成

 人間科学部の「情報活用基礎」の特徴として、受講前習熟度に基づくクラス編成をおこなっている点が挙げられる。これは、初回授業時にアンケート調査で受講生の「情報活用基礎」受講前におけるコンピュータ利用経験と操作習熟度を調べ、その結果に基づいて受講生を3 つのクラスに編成しなおすというものである。
 なお、図1 は以下の項目について「まったく利用した経験がない」以外の回答を得た割合である5

 クラスの編成は、以下の手順でおこなう。まず、アンケート調査の結果得られた各受講生の「受講前習熟度」の得点に基づき、相対的に上位(A)、中位(B)、下位(C) の3 グループに分ける。各グループをクラスと考えたものを「習熟度別クラス編成」とする(図2 上)。また、各グループに属する受講生の割合がクラス間で均質になるように編成し直したものを、「均質的クラス編成」とする(図2 下)。
 われわれは、こうした2 つのクラス編成方法について、どのような教育効果が現れるかを検討している6。ここではその一例を紹介しよう。
 「習熟度別クラス編成」と「均質的クラス編成」について、受講生のコンピュータ操作不安[2, 3] を初回授業時、中間、期末の3 時点で測定し、その変化を検討した7。クラスごとに操作不安得点の平均値を求めてプロットしたものが図3 である。「習熟度別クラス編成」図3 左では、「均質的クラス編成」図3 右にくらべて受講前習熟度が低い群(グループC)の不安得点が低減される傾向がみられる。言い換えると、コンピュータの利用経験が浅い段階では、周囲の人間は同程度の習熟度である方がコンピュータ操作に対して高く動機づけることができるのである。また、「習熟度別クラス編成」には、授業の進度もクラスごとで習熟度が揃っている方が調整しやすいという利点もある。
図2: 2 つのクラス編成法。
図3: クラス編成によるコンピュータ操作不安の変化

Cronbach & Snow は、学習者の適性(aptitude) により最適な指導法(処遇; treatment) は変化することを、適性処遇交互作用(ATI; Aptitude Treatment Interaction)[1] と呼んでいるが、「習熟度別クラス編成」はまさにそれを目指したものである。ただし、「習熟度別クラス編成」では習熟度の低いクラスは全体的にゆっくりと授業が進行する傾向にあるため、最終的な学習達成度という観点からは他のクラスとの差が残ってしまうことになる点には注意する必要がある。

3 今後の取り組みについて

3.1 「教え込み」から「学び合い」へ

 ここでは、2006 年以降の「情報活用基礎」にどのように取り組んでいくかの一案を呈したい。まず、「情報活用基礎」という授業科目に何が求められるのかについて、以下のようなものが挙げられるだろう: .
図4: クラス(再)編成のスケジュール。

 習熟度のばらつきについては、先に述べたように「受講前習熟度別クラス編成」をおこなうことで、受講者のコンピュータ操作不安を低減させることができるだろう。授業内容をどの程度まで深めるかについては授業時間数の制限もあるが、予習・復習のための資料を用意し公開するなど、自律学習を促す工夫があればよいのではないだろうか。
 総合的な情報活用能力の育成については、現在取り入れているプレゼンテーション実習が効果的だと思われる。また、協調学習において自己の役割を認識することにより、コンピュータ不安の低減と学習への動機づけが高まることが期待される。ただし、この場合は習熟度が異なる受講者同士をグルーピングした方がよりよい効果が上げられそうである。そこで、クラス編成の方法として、図4 に示すように、前半は「習熟度別クラス編成」により講義中心の授業をおこない、後半は「均質的クラス編成」で再編成し、プレゼンテーション実習を中心に展開する。テーマには情報関連の時事問題や講義で扱いきれなかった内容を選ぶことで、受講生への補足にもつながる。

3.2 世代間情報格差の問題

 情報処理教育における「2006 年問題」では、低学年教育をどのように変革するかという議論が主になるが、ここで忘れてはならないのは、世代(学年)間で生じる情報格差の問題である。
 新学習指導要領によって、低学年層の情報処理に関する基礎的な知識や技能はかさ上げされていくが、旧来の情報処理教育を受けた大学院生(および、教員) には、あらためて情報リテラシー教育を受ける機会は与えられず、この「情報リテラシーのインフレーション」によって疎外される可能性がある。高学年の再教育も「2006 年問題」の課題であるといえるだろう。
 なお、人間科学部では、e-learning を活用し大学院生を対象とした情報(再)教育の機会をつくるプロジェクトを起動し、現在、独自のコンテンツを開発中である[10]。こうしたプロジェクトも「教育の2006 年問題」の一側面に光を当てることになれば幸いである。

参考文献

[1] Cronbach, L. & Snow, R. Aptitudes and Instuctional Methods: A Handbook for Research on Interactions. New York: Irvington. (1977)
[2] Raub, A. C. Correlates in computer anxiety and college students. Unpublished Ph.D. dissertation, University of Pennsylvania, Philadelphia, P A. (1981)
[3] 平田賢一. コンピュータ不安の概念と測定. 愛知教育大学研究報告(教育科学), 39, 203-212. (1990)
[4] 中西通雄, 原田章. 大阪大学におけるコンピュータリテラシー教育.平成8 年度情報処理教育研究集会講演論文集, 479-482. (1996)
[5] 原田章, 若宮直紀, 中西通雄. 中間テストの結果に基づく能力別クラス編成の教育効果. 平成9 年度情報処理教育研究集会講演論文集, 35-38.(1997)
[6] Nakanishi, M. & Harada, A. Reorganizing computer literacy classes in the middle of a term. Advanced Research in Computers and Communications in Education, 2, 507-514. (1999)
[7] Harada, A. & Nakanishi, M. Evaluation of class organization in the computer literacy education. Proceedings of ICCE/ICCAI2000, 460-466. (2000)
[8] 原田章, 中西通雄. 習熟度別クラス編成の方法と評価. 情報処理学会コンピュータと教育研究会第59 回研究発表, 1-8. (2001)
[9] 鳥居稔, 原田章, 中西通雄. 一般情報処理教育における受講前習熟度別クラス編成の効果. PC カンファレンス論文集(CD-ROM) (2002)
[10] 西端律子, 宮本友介, 能川元一, 川野英二, 関嘉寛, 久保知代. 文系大学院生対象の情報教育コンテンツについて. 教育システム情報学会関西支部主催若手研究者フォーラムVol. 05-jun No. egg02.(2005)



1国立社会保障・人口問題研究所(http://www.ipss.go.jp/) の推計(2002 年1 月)によると、わが国の総人口は2006 年の1 億2744 万人をピークに減少に転じ、少子高齢化に拍車がかかるというものである。なお翌2007 年には、少子化にともない大学進学の志望者数が入学定員を下回る、いわゆる「大学全入時代」が到来するといわれている。したがって、「人口の2006 年問題」も大学教育と無関係ではない。
2文部科学省「高等学校学習指導要領」(平成11 年3 月) 1 章10 節「情報」より抜粋。
3現サイバーメディアセンター教育用計算機システム。
4なお、新しく言語教育システム(CALL; Computer Assisted Language Learning) が導入され、その端末にはWindows PC が採用されている。
5質問項目は毎年度見直しているため、対応していない年度がある。なお、1993 年度については「情報活用基礎」は実施されていないので、独自に調査されたものである。
6これらの結果は、原田章先生(甲子園大学)、中西通雄先生(大阪工業大学)の一連の研究[4, 5, 6, 7, 8, 9] に詳しい。
7データは2003 年度のもの。ほぼ並行して授業を進行させていた文学部「情報活用基礎」にもご協力をいただいた。