巻 頭 言
ひとりのOBから
大阪大学名誉教授・鳥取環境大学副学長
都倉 信樹
サイバーメディアセンターが平成12年4月にスタートし、すでに2年を経た。情報処理教育センター時代運営委員の一人として、種々の懸案に苦しい思いをしたこともあるが、新棟の建築が実現したり、着実に発展していることを喜びたい。
OBとしては、これだけがいいたいことである。ただ、指定されたスペースは、約4400字ということであり、この200字程度で終わっては許してもらえそうもない。そこで、現在の所属大学での状況を述べさせていただく。つまり、学外者が勝手なことをいっているという文章になることをお許しいただきたい。
鳥取環境大学は鳥取県と鳥取市が半々出資してできた第三セクター方式の私学であり、完成年度からは独立して運営しなければならない。 開学は昨年4月でいまは2年生までが在籍している。1学年の定員は環境政策学科166名、環境デザイン学科89名、情報システム学科89名で、完成年度に至っても1,500名程度で、大阪大学の学生数20,000名弱にくらべ1桁少ない。 教職員数は大阪大学の50分の1程度、予算規模は2桁小さい。そして、日本一人口の少ない鳥取県に作るということ、少子化などで中国地方の大学には経営危機に陥っているところもあるという厳しい状況下で発足するということで、かなり特色を出さねばやっていけないと誰しも考えるであろう。
日本の大学は、どの先生に聞いても例外なしに研究大学であると言われる。であるなら、我々は教育重視大学という線で、また、学生満足度の高い大学も目指したいと考えた。1年生からロッカーが用意され、学生研究室と称する部屋をいつでも使えるようにした。学生教職員は磁気カードで入館できるようにして、24時間オープンをうたっている。 深夜まで学生研究室には学生がいることが多い。そして、学生研究室と廊下を挟んで教員研究室が並んでおり、教員の姿を見かけるとオフィスアワーの指定にお構いなしに、質問に押しかける学生もよくいる。おそらく学生と教員の接触度は非常に高いといえよう。
合格通知とともに、「ノートパソコンを購入の御願い」なる文書を同封して送っている。入学時の経済的負担が増大することであり、非常に苦しい選択であったが、あえて自分のパソコンを買ってもらうことにした。その理由は、大学がパソコンをそろえた教室を作っても、陳腐化が早くすぐ魅力を失ってしまうし、大阪大学でも自由使用が非常に難しかったという悩みを解決するには個人で持つしかないと判断したからである。そのために、文書では丁寧な説明を試みた。結果的にはよく理解していただき、ほぼ全員が指定機種を購入している。そのかわりに、めだたないが重要部分は2重系にするなどネットワーク機器の充実に当て、ネットワークインフラは10年間は持ちこたえることを目指した。学生研究室、教室、メディアセンター、その他学内の至る所に情報コンセントを用意し、現在2,200口以上がある。だんだん無線LANのアクセスポイントも増えており、学生はあちこちで、自分のパソコンを使っている。
ソフトウェアも大問題である。マイクロソフト社とキャンパスアグリーメント契約を結び、Windowsやオフィスソフトなどかなり広範囲のソフトウェアを自由に使えるようにした。これをベースに、教育や日常使用に有用なフリーソフトを厳選し、鳥取環境大学仕様のインストール・リカバリCDを作成し最初に学生に配布する。「情報処理」という科目は、全学生対象で400名近くの学生に一斉に教育する。それに情報システム学科の教員15名が総出であたっている。
この科目は、1年間の4単位科目で、いわゆるコンピュータリテラシ教育である。現状では、種々のアプリケーションの使用法などの比重がどうしても高いが、倫理面やネチケット、インターネットの原理など、一回はVBでのプログラミングなども取り入れている。マイクロソフトの製品は就職上も欠かせないので使ってもらうが、OpenOfficeなども体験させ、他の選択の可能性にも目を向けさせている。賢いユーザー、しぶといユーザーを合い言葉に、少々のトラブルにもあわてないことをめざし、最初にインストールから始めたりしている。その科目内容は、事前に情報システム学科の教員が検討会を頻繁に行って、取り上げるべきテーマや内容、レベルなどの議論を重ね、大枠が決まると、教材の執筆者を決める。その内容をまた全員で検討し、必要な修正を行って、学生用のプリントを作成する。事前に課題を担当教員も試しておく。中講義室と小講義室を使って、中講義室は教員2名、小講義室は教員1名で担当している。昨年は教員だけで大変であったが、今年からは2年生にTAをやってもらっており、教員と同数のTAが来てくれるので、質問やトラブル対応は非常に楽になった。問題点は毎回レポートを出題するが、締め切りに間に合わない学生が多いことである。だんだん厳しくして、一回でもレポートを提出しないと単位は出ないということにした。 その回復のためのクラスを作るなどの対応を迫られている。このあたりはこの科目に限らないが、問題点の一つである。
他に「プロジェクト研究」という全学一斉科目がある。これは創成科目、あるいは、PBL科目に相当する。知識を教えるのでなく、大学での学習・研究の仕方を学び、コミュニケーション能力や問題発見・解決能力をつける。グループ活動をすること、時間管理のできることなど、どんな専門職に就くにしろ必要とされる基本的な能力を、具体的な課題を追求する過程で身につけることをねらったものである。本学は、1,2年次は3学科の学生が混成チームで活動する。とりわけ環境問題は一専門分野だけで解決できることはまれで、いくつかの分野の協同作業で解決を図るべきものが多いからである。プレゼンテーションやwebページで成果を発表することは多くのグループがやっており、コミュニケーション能力を重視しているといえる。3,4年次のプロジェクト研究は、卒業研究あるいはゼミに相当する。これは学科ごとに、多くは学生個々で研究をする。3年生から卒業研究をするところにミソがある。実は、3学科の垣根は非常に低くしてある。既存の総合大学はやはり学部学科の壁はかなり高い。本学では、いろいろの専門の先生がいて、共同研究も学科を超えて行っている例も少なくない。そういう意味で、規模はごく小さいが実質的な総合大学なのかもしれない。たとえば、プロジェクト研究で著作権について学生に注意を促しておきたいとなれば、実務に明るい法学の先生にお願いしてミニレクチャーをやって頂くというようなことがしばしば行われている。文理融合を目指し、文系入学理系修了などという言葉もよく出るが、実際はなかなか簡単ではない。とはいうものの、小さい大学の利点というか、先生と学生が学科などの枠を超えていろいろの形で交流しているのは実際である。
もう一つ全学一斉科目にIE (Intensive English)がある。これは週3回、2年間必修という多くの時間をとっている。35名の語学教室を使って、クラスサイズを小さく抑えている。communicable Englishを身につけさせるという目標のもと、独自教材を開発して教育にあたっている。これも本学の特色的な科目といえよう。
専門科目については、自分の属する情報システム学科での特徴的なことをあげたい。まず、アクレディテーションを視野において、新しい情報システム学科を構想して教育内容を組み立てた。また、ほとんどの科目を複数担当制にしている。理由は企業出身の教員が多いこと、情報システム学というまだ十分体系化されていない分野であり、教材も自作することも必要であり、情報処理と同様に事前に講義内容などを関係教員の間で十分議論する必要があるからである。 一例だが、ハードウェア系の4科目の議論も数ヶ月を費やして議論が続いている。実際の講義の時は、担当教員が教室に行き、お互いの講義を聞きあって、自分の講義との接続をはかる。演習のときは数人で机間巡回を行って学生の指導ができる。FDの方法としても効果的がある。鳥取という不利な立地ではあるが、遠からずe-learningが現実となるときに備え、良質のコンテンツを作ることを目ざしている。
教育を重視することは、かなり教員のロードが高いということにもつながる。幸い情報システム学科の同僚は、きわめてモラルが高く教育に情熱を傾けている。ただ、教育重視大学であっても、expert learnerたる教員の姿を学生にも見てもらわねばならない。その意味では、当然研究もする。もうひとつの大学教員にのしかかっている「雑用」だけは極力削減したいのだが、これがなかなかに難しい。
以上、生き残りを掛けて奮闘する小大学の現時点での状況を紹介した。大阪大学とは置かれた立場や社会の期待するものも当然異なる。
また、ここに述べたことをずっと続けるとも限らない。できるだけ柔軟に時代に対応できるシステムでありたいと願っている。大阪大学も変化を求められている。知恵者の多い大学であるから心配はしていないが、将来のさらなる発展のために今はかなり大事な時点なのではないだろうか。
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都倉 信樹(とくらのぶき)
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鳥取環境大学 環境情報学部 情報システム学科
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