授業担当教官の声

「情報処理演習Ⅱ」担当者雑感


小無 啓司(人間科学部非常勤講師)(流通科学大学 商学部経営学科 教授)

1.講義について

 大阪大学人間科学部電子計算機概論Ⅰ・Ⅱ(現在は表記の情報処理演習Ⅱと名称が変更されている)を担当してはや16年目になる。主要な目的は16年間変わっていない。簡単に表現すると、パソコンを用いる研究は、道具として有限桁数数学(Digital Math.と名付けている)を用いている、従って旧来の数学とは形は似ているが中身は違うものを使用しているということを理解してもらおうということである。
 本年度対象は人間科学部3回生以上で、全員がコンピュータリテラシ教育を受講済みである。パソコンの基本を修了した学生諸君に、コンピュータリテラシ第2段として、今後の研究に役に立つであろう講義を行った。
 本年度は以下の統計分布をパソコン上で再現し分布を体感してもらい、またパソコンの限界を理解してもらうことに努めた。以前の初期コンピュータリテラシでは、2次方程式の解の公式に入ってくる誤差や機械最小値など、誰もが知っている数式を使ってパソコンが有限桁の精度であることを理解してもらうことにしていた。簡単な数式を使えばはっきりと誤差が目に見えるので分かりやすい。ところが統計の関数になると公式に入ってくる誤差が理解しにくい、つまり数式を眺めているだけでは、どこで誤差が拡大してしまうのか,ということが実感として分かりにくい。
 WindowsをInstallしている人は、ExcelやLotus 1-2-3などで以下の分布についてそれぞれの精度を確かめてみると、どの部分で誤差が生じるのか体感できるであろう。パソコンの表計算といえども××白書などのデータ整理のときには十分に使用可能であることが分かるだろう。(これが研究に役に立つと述べた理由である)ところがシミュレーションに使おうとすると、とたんに使用が制限されるということも分かってくるだろう。講義で行った統計学の部分は以下の通りである。これらを用いて精度を確かめてもらえればうれしい。
 1)乱数について
 2)乱数を用いた計算
 3)平均と分散について
 4)二項分布について
 5)Poisson分布について
 6)正規分布について
 7)微分と差分について(時間の関係で「検定」を変更)
 講義時間とSoftwareの関係で、割愛したがPresentation技術もコンピュータリテラシ第2段としては必要な物である。研究発表の場面を想像してもらうと、データや理論値を動的に表示することがいかに分かりやすいPresentationを提供するかは分かってもらえるだろう。環境が整えば、動画作成・編集、音声編集・合成などを取り入れたいと考えている。(余談になるが,私のゼミにおいては動画編集の練習として某スーパーマーケットや某飲料メーカのTVCMを作成している。) 以上が私の講義の現状と将来の希望である。いささかでも阪大の学生諸君の将来の研究と発表に役立ってくれることを願っている。

2.雑感

 次に雑感を少々述べさせていただく。あくまで感想であるので間違いは指摘していただければ幸甚である。
 まず第1に「おたく」的学生が変わってきたように感じる。Windowsが出現する前は、凡そおたくはプログラムに集中する学生であった。プログラムは最終的には個人の好みに従って作り上げられるものだが、基本的にはアルゴリズムの構築であり、要求仕様の客観的な解析と理解に基づく。それで当時は今後の研究に役立つ論理的思考力が養えたのである。
 ところが最近はプログラム作成以上に応用ソフトやUtilityソフトの使いこなしおたくが増加した感がある(これは最近WindowsというOSが最も流行しておりそのせいもあるのだがここではそれは議論しない)。
 ゲーム専用機でコンピュータに触れ、ゲーム感覚でパソコンに触れた子供がそのまま大学に入ってくると、確かにこのような学生になるというのは分からないでもない。そのせいであろうが、ゲームにおける裏技を探すかのようにパソコンを使用している。このタイプのおたくは論理的思考力を養うわけでもなく思考の柔軟性に欠け将来の伸びが期待できない。せっかくのコンピュータに対する意欲だけはあるのだから。それをうまく伸ばす方法を考える必要性があると感じた。近い将来情報基礎が高等学校で必修化されると、この問題が顕在化するだろう。その時に備えて準備が必要であると思われる。思い当たる学生諸君は謙虚に反省してみると将来は明るいものになるだろう。
 第2に確率統計学もコンピュータリテラシの一部だと考えているのだが、講義コマ数が少ないのではと感じる。(阪大のカリキュラムを全部調べたわけではないのであくまで感想ではあるが)たとえ文化系学部といえども、××白書や○○調査などのデータはよく目にし解析すると思われるが、これらデータを扱うときには確率統計の的確な知識がないと変に心情的に理解してしまうことがある。そこでこれらのデータを正確にイメージ出来るまでパソコンを使ってデータの統計的処理を実習してみるのも役に立つのではないだろうか?
 これは自分の受験生時代を振り返ってみて、入学試験に出ないからという理由で、当時の数Ⅲ(現在の数C)の統計を勉強しなかった。(阪大の数学の入試には出なかった)
 大学に入学しても統計学の講義は取ったものの、講義回数が僅かしかなく満足な理解を得るまでになっていなかった。(自分で勉強すればいいのだが大学に出てこれなかったので、独力ではすぐに挫折してしまった。というのも1969年入学生の特殊事情で大学に出てこれなかったのである。1回生の時の講義は何と堂島で始まった。講義室の壁には室戸台風で水没した名残があった。4回生の時に初めて、まともに1年間講義があったと記憶している)。大学院に入って実験データを解析するために初めて統計学をまともに勉強した。統計学の面白さを朧気に理解し、この勉強をしていなかったことで、ものの見方を1つ抜かしていたという感じになり、すごく損をした気持ちになったのを今思い出す。そんなノスタルジからこの雑感が出ている。
 不思議なもので、理論物理屋としての院生・研究生の時代に素粒子や原子核の実験データを統計学の練習問題を解くように眺めていた。その知識のおかげで、現在商学部で教鞭を執っている。
 今後IT革命を叫ばれている社会では新しい統計学が必要になってくる。その基礎固めとしてコンピュータリテラシでは統計学を学んでおいて欲しい。この思いが私の講義を構成している。