各研究部門の紹介と抱負

先端ネットワーク環境研究部門


 大阪大学のキャンパスネットワークであるODINSはこれまで、総合情報通信システム整備本部のもとで着実にその整備が進められてきた。ODINSはATM(非同期転送モード)技術を根幹として構築されたネットワークであり、導入された当初は世界にも類を見ない先鋭的なネットワークであった。現在でも、その規模、基幹ネットワークの速度などの点において先進的なネットワークであることは言うまでもない。
 しかし、昨今のネットワーク技術の急速な進展とともに、あらたなコンピュータネットワーキング技術の導入が必要になっていることも事実である。これまでネットワーク技術と言えば、いかに通信速度を速くするかに焦点が当てられていた感があった。しかし、それが万事でないことはもちろん当然である。例えば光伝送技術の分野では、日本は通信容量に関してつねにチャンピオンデータを提供してきたが、ネットワーク市場を握っているのは残念ながら米国である。
 特にここ数年のネットワーク利用環境の発展はめざましいものがあり、ネットワークが市民社会にも浸透する原動力となっている。また、あらゆる社会における人々のライフスタイルまでも変えつつあるといっても過言ではない。大学における教育研究者、学生においてもまたその例外ではない。事実、大阪大学においてもユーザの増大に伴い、先進的なネットワーク利用から、情報ツール(情報探査、情報発信、情報管理など)としてのネットワーク利用まで多様なサービス需要が顕在化しつつある。すなわち、大学の情報システムの基盤であるODINSにおいても、高速化だけでなく、サービスの多様化に対する対策を今後とっていく必要がある。
 また、インターネットの普及に伴い、人的および経済的にネットワーク管理に要するコストは急増している。さらには、ユーザの「質」の多様化に伴い、当大阪大学が有する情報に対して防衛策を施すセキュリティ対策も必要不可欠になっている。これまで少ない人員で手作業で行われてきたネットワーク管理は限界を迎えつつあり、新たな対策が必要である。常に新しいネットワーク技術を展開し、その有効性を世に示していくのも大学の役割であろう。大阪大学がそのパイオニアとしての地位を今後も確保していくためには、上に述べたような困難な問題に対する解決策を提示していかなければならない。そうすることが大阪大学の存在理由のひとつにもなりうるであろう。これらの役割の一端を担う研究部門として、サイバーメディアセンターの発足とともに新たに設けられたのが先端ネットワーク環境研究部門である。
 本研究部門は、基礎工学研究科からの振替部門であり、現在でも基礎工学研究科情報数理系専攻に所属する学生諸君(情報数理系専攻ソフトウェア科学分野先進ネットワークアーキテクチャ研究室)とともにネットワークに関する研究を進めている。以下に、それを紹介する。
 われわれの研究グループでは、大げさに言うと 「将来のあるべきネットワークの姿を探る」ことを基本テーマに掲げ、ネットワークの高速化/マルチメディア化をキーワードにしつつ、先進的なネットワークアーキテクチャ構築のための研究を行っている。これまでネットワークの基盤技術としてのインターネットはコネクションレスサービスを基本として多様なサービスに対応しようとしてきたが、その基本理念を維持しつつ、いかに通信品質の高いエンド間通信を実現するかなどについても、近未来の研究テーマとして取り組んでいるところである。また、ネットワーク研究のためのフレームワークを確立するために、待ち行列理論や制御理論などを基礎として、システムのモデル化と性能評価手法に関する研究も行っている。現在、精力的に取り組んでいる研究テーマは以下のようになっている。

(1)統合化マルチメディアQoSアーキテクチャに関する研究

 マルチメディアコンテンツの配信、コンピュータ会議システムやインターネット電話など実時間アプリケーションがすでにインターネットで利用されているが、その品質が問題になっている。ユーザに対する通信品質保証を実現するためには、単にネットワークやエンドシステムを別個に考えるのではなく、それらを統合したQoSアーキテクチャが必要となる。本研究テーマでは、そのような考え方に基づきつつ、マルチメディアネットワークにおける通信品質保証の実現方法に関してさまざまな角度から検討を加え、QoSアーキテクチャのあるべき姿を探っている。

(2)高速トランスポートアーキテクチャに関する研究

 エンドホスト間でデータ系トラヒックを高速に、かつ効率よく転送するための中心技術がトランスポートプロトコルである。特に、近年のネットワークの高速化に伴い、エンドホストにおけるプロトコル処理によるボトルネックも重要な問題となってきている。さらに、ネットワークが拡がりをみせるにつれ、サービスの公平性も重要な課題となってきている。これらの問題は、高速ネットワークにおける輻輳制御と密接な関連を持ち、高速かつ公平なサービスは、単にネットワークの輻輳制御だけでなく、エンドホストの処理能力向上も考慮しつつ、統合化アーキテクチャを構築することによってはじめて実現される。本研究テーマでは、それらの点を考慮した研究に取り組んでいる。

(3)ネットワークにおけるフィードバックメカニズムの解明に関する研究

 ネットワークの高速化、効率化の中心技術となるのが輻輳制御である。旧来の電話交換網における輻輳制御では、アーラン呼損式を核とするトラヒック理論がその理論的な支柱となってきた。一方、インターネットに代表されるコンピュータネットワークにおいては、待ち行列理論が古くから輻輳制御設計を解決するものとされてきた。しかしながら、インターネットにおいては、エンド間トランスポート層プロトコルであるTCPがネットワークの輻輳制御の役割も担っている。TCPは基本的にフィードバックメカニズムに基づくものであり、従来の待ち行列理論に代表されるマルコフ理論が意味をなさないのは自明である。本研究テーマでは、そのような考え方に基づき、ネットワークの輻輳制御の解明を目指した研究を進めている。

(4)高速パケットスイッチングアーキテクチャに関する研究

 ネットワークにおけるボトルネックはルータにも存在する。特にネットワーク回線の高速化に伴い、ルータにおける処理ボトルネックが緊急を要する解決課題のひとつになっている。一方で、ネットワークサービスの多様化に伴って、単純なパケットフォワーディングの高速化にとどまらず、多種多様なサービスを考慮したパケット処理がルータに要求されるようになっている。本研究テーマでは、サービスの多様化に追随しうる高速パケットスイッチングアーキテクチャに関する研究に取り組んでいる。

(5)インターネットのトラヒック特性とその応用に関する研究

 インターネットユーザ数の急伸やマルチメディア化によって、インターネットプロバイダーはインフラ整備の対応に追われている。品質の高いネットワークを構築するためには、ネットワーク特性を十分に把握した上で、それに基づいたアプリケーション制御、アプリケーションシステム設計が必要になる。特に、従来のネットワーク設計手法論が単一キャリアを前提にした、閉じたものであったのに対して、インターネットにおいてはオープンな環境におけるネットワーク設計論が必要になっている。インターネットTCPのフィードバック制御に基づく輻輳制御手法、インターネットの急成長などを考慮すると、ネットワーク測定とネットワーク設計のポジティブフィードバックを前提にしたネットワーク設計論が重要になる。本研究テーマでは、このような考察に基づいて研究テーマに取り組んでいる。

(6)フォトニックネットワークアーキテクチャに関する研究

 近年の光伝送技術の発展には目覚しいものがあり、波長分割多重技術や光時分割多重技術などに、よってネットワークの回線容量は爆発的に増大してきた。しかし、光伝送技術とネットワーキング技術はおのおの別個の歴史を持ち、インターネットに適した光通信技術の適用形態については明らかになっていないのが現状である。短期的には、高性能光パスネットワークがその中心技術になると考えられ、その点に着目した研究を行っている。さらに長期的な解としては、フォトニックネットワーク独自の通信技術も十分に考えられる。これらの点を鑑みて、それぞれの研究テーマに取り組んでいる。

(7)有線・無線統合化通信アーキテクチャに関する研究

 これまで、無線ネットワーク技術と有線ネットワーク技術はおのおの独自の発展を遂げてきた。しかし、近年の無線技術の進展に伴って、無線ネットワークをラストホップとして、無線/有線ネットワークをいかにシームレスに統合するかが重要な課題になっている。本研究テーマでは、無線/有線を統合したシームレス通信を実現するためのネットワーク設計論に主眼においた研究を進めている。また、インターネットの発展に伴って、無線ネットワークにおけるデータ通信の実現方式もさらなる検討が必要になっている。本研究テーマでは、これらの点に着目した研究を進めている。また、無線技術に基いてネットワークを動的に構成するアドホックネットワークについても、経路制御・輻輳制御などの研究を進めている。