各研究部門の紹介と抱負
情報メディア研究部門
高度情報化社会に主体的に対応できる人材を育成するためには、情報を科学的に理解し活用することに重点を置いた情報処理教育の高度化を図ることが必要である。本研究部門では、このような情報処理教育カリキュラムを開発し、それを実践するための環境を構築する。さらにそれらの教育を支援するためのファカルティ・ディベロップメントを視野に入れた研究開発を行う
1.情報処理カリキュラムの開発
大学での情報処理教育はここ数年で大きく変化し、従来のプログラミングを中心とした理工系向けの教育だけでなく、文系学生もを対象としたコンピュータリテラシー教育が行われるようになった。大阪大学での情報処理教育はどうあるべきかを考え、カリキュラムを構築することが本部門の職責のひとつである。
1.1一般情報処理教育のあり方
やや古くなるが、文部省からの委嘱により情報処理学会が、情報科学を専門としない大学生に対する情報処理教育(以下、これを一般情報処理教育と呼ぶ)についての調査研究を行った。この報告書では、一般情報処理教育として、(1)
計算機リテラシー教育、(2)「プログラミング」教育、(3)情報科学教育の三つを大きな柱として挙げている。ここで「プログラミング」教育とは、特定のプログラミング言語の習得を目的とするものではなく、問題を発見して、それを解決するシステムを創り出し、さらに完成したシステムの使用を通じて
新たな問題を発見するという、いわばシステム進化の過程全体を教え
るものとされている。
いっぽう、高校の普通教育においては、2003年から普通教科「情報」が新設され、「情報A」、「情報B」、「情報C」の3科目からの選択必修となる。すでに学習指導要領が発表されており、その内容は調査研究報告書も参考にして作成されたものと思われる。例えば、高校と大学の違いはあるが、「情報B」の中でプログラミング言語も扱う(ただし言語の修得が目的ではない)ことが記されている。
1.2本学での一般情報処理教育の現状と方向性
本学においても一般情報処理教育を充実させる必要性が認識され、1994年度より全学共通教育科目として「情報活用基礎」が文・人・経・理・医・歯・薬の7学部で必修科目となっている。同科目は基礎工学部においても2000年度より新たに選択必修となった。法学部では学部専門科目の「法情報学I」が選択科目として、工学部の電子情報エネルギー工学科では学部専門科目の「情報処理演習I」が実質的な必修科目として開講されている。これらの授業科目は、新入生向け(但し、「法情報学I」は学年制限なし)であり、主にコンピュータリテラシー教育(上述の調査報告書では(1)計算機リテラシー教育)を中心としている。
コンピュータリテラシー教育の定義はいろいろあるが、ここではコンピュータを道具として使いこなし、情報を活用する能力を養うことを目標とした教育とする。もちろん、特定のいくつかのアプリケーションプログラムの操作方法をだけ教える科目ではない。大学での一般情報処理教育の目標は、このリテラシー教育を基礎として、アプリケーションプログラムやプログラミング言語を用いることにより、モデル化とシミュレーションの考え方や方法を理解できるようにすることである。またこれを通して、コンピュータシステムのメンタルモデルを持ち、コンピュータの機能・能力・限界を科学的に理解することは、高度な教育を担う本学において文系理系を問わず必要であろう。
しかし、現状の半年間のリテラシー教育では道具として活用できるようにはならない、という不満が多い。すでにパソコンを使いこなしている新入生は着実に増えてきているものの、全くはじめてパソコンの操作をする新入生もいるので、どうしても操作方法が中心の技能教育に片寄りがちになってしまうからである。受講学生からは、「情報活用基礎に続く授業が欲しい」という意見もある。リテラシー教育は、一般情報処理教育の第一歩にすぎない。
大阪大学での一般情報処理教育として、バランスのとれたカリキュラムを構築するためには、さらに議論を深めねばならないが、まずは、(1)
情報を科学的に理解し問題解決能力を養うための教育、よび、(2)情報社会と情報倫理に関する教育を充実させることを考えている。
1.3カリキュラムの充実に向けて
(1) 情報科学教育
シミュレーションやプログラミングを通じて、コンピュータの機能や仕組みを知り、コンピュータを活用する方法について科学的に理解する科目が新たに必要であろう。いわば、「思考のための道具としてのコンピュータ」を学ぶ科目と言ってもよい。この科目は、初等中等教育における情報教育が実効をあげてきた時に、大学教育においてコンピュータリテラシー教育の代りとして教えるべき科目として位置づけられよう。現在、サイバーメディアセンターでは、この科目(名称未定)をH13年度から開講できるように準備を進めている。
(2) 情報社会と情報倫理}
高度情報化社会を支える技術、情報技術が及ぼす社会変革、法令や情報倫理などもカリキュラムに含めていく必要がある。2000年7月には、i-mode
によるインターネット接続サービス契約者数が千数百万件となり、パソコンがなくても簡単に通信ネットワークを介してインターネット上の情報にアクセスできるようになっており\footnote{H12年度入学人間科学部1年生に対する調査では、66\%の学生が携帯型電話機で電子メールを体験している。}、これに伴って携帯型電話機によるインターネットの利用でもチェーンメールなどの問題が発生している。すでにコンピュータリテラシー教育の中では、ネットワークを利用する上で遵守すべきマナーについて教授している。しかし、このように社会が情報ネットワークシステムに大きく依存する中では、構成員としての遵守すべき事項について学生に理解させることが、コンピュータ技術の習得とともに重要である。本部門は、主に情報倫理教育に関して、倫理や法律の専門家の協力を得て研究を行う。この内容の科目も、複数の学部の協力を得てH13年度の開講をめざして準備を進めている。
2.情報処理教育環境の構築と研究
本部門は、教育用計算機システム環境の整備と運用について中枢的な役割を果
たす。システムを24時間365日いつでも利用できるようにシステムの改良に日々
努めるとともに、省力化・自動化などのシステム運用技術を研究する。
2.1情報教育用計算機システムの整備・運用
現在、利用者が14,000人、管理する計算機数は800台近くある。管理対象の規模が増大するにつれて、管理・運用に費やす時間が増えている。日々の運用業務はシステム運用管理掛が担当するが、本部門は運用のためのツールを作成して提供したり、技術的に難しいトラブルを扱う責務がある。また、システムを円滑に運用し続けるためには、最新の技術動向を把握し、小さなプロトタイプシステムを実験的に構築するなどして、実践的技術力を磨く不断の努力が必要である。
今後のシステム整備・運用にあたっては、本研究部門を中心として、全部門の教職員との協力体制で臨む必要がある。特に、CALLシステムとの連携についてはマルチメディア言語教育部門と、データベースやサイトライセンスのソフトウェアの利用については応用情報システム研究部門と、SCS(Space
Collabration System)との連動や学内ネットワーク利用についてはサイバーコミュニティ研究部門や先端ネットワーク環境研究部門と、それぞれ緊密な連携のもとにシステムの構築と運用を進める。さらに蓄積した大規模分散処理システムの運用技術をもとにして、より高度な運用技術の研究開発を行
う。
2.2授業支援システムの開発
情報処理教育センターが開発・運用していた授業支援システムは、教官および学生から高い評価を得てきた。支援システムのソフトウェアはクライアント・サーバ型システムとして設計・開発されているものが多い。それらの設計思想を受け継いで、本年3月に導入した新教育用計算機システム用に授業支援システムを開発中である。本部門で開発したソフトウェアは、これまでのようにソースコードを含めて公開し、他大学等へ無償で提供して利用いただくとともに、日本の教育用ソフトウェアの発展に資することをめざす。
2.3授業用アプリケーションの導入
有償のアプリケーションを追加導入するのは予算的な問題を解決する必要があるが、授業で利用する機能が限られている場合には、無償のソフトウェアで代替できることもある。例えば、情報処理教育センターの時代には、MATLABの代りに
Octave を利用していただいた。本部門としては、有用なアプリケーションがあれば積極的に導入し、それを用いて授業を改善できるかどうかを授業担当教官に検証してもらうといった提案もしていきたい。
また、Web教材を作成される教官も増えているが、大規模な教材を作成するときや、その教材をオープンにして活用してもらうことを考えるときには、一般のソフトウェア開発技法と同様な手法が有効である。このためのファカルティ・ディベロップメントや開発ツールの導入なども考えられる。例えば、Webを利用した教材作成や学習支援環境を構築するツールとしては、カナダのBritishColumbia大学で開発されたWebCTが北米を中心として急速に広まりつつあるので、これを導入してその利用可能性を検討することも検討中である
3.ファカルティ・ディベロップメント
情報処理教育のカリキュラム開発だけでなく、コースウェアの開発やファカルティ・ディベロップメントも本部門の職責である。
3.1一般情報処理教育のためのコースウェア開発
コンピュータリテラシー教育向けを皮切りに、教材ソフトウェア(コースウェア)を設計・開発する。これはアプリケーションソフトウェアの利用マニュアルではなく、学生が自ら考え、手を動かしながら学ぶようなソフトウェアをめざしている。
また、一般情報処理教育の受講生に対する共通アンケートを実施し、その結果を授業担当教官へフィードバックすることにより、全体の問題点の探求とその改善策の検討に役立てることも、必要に応じて実施する。
3.2研究会の実施
ファカルティディベロップメントとして、主に授業担当教官を対象に研究会を開催し、授業の実践報告や講演会などで構成する。これは情報処理教育が必修化される頃から継続して開催してきており、教官同士の情報交換の場としても有意義なものである。
3.3教育方法論の研究
データベースや、コンピュータグラフィックスなどのマルチメディア情報処理技術を用いた新しい教育技術論や、先進的な教育方法論に関する研究開発を推進し、情報処理教育のみならず専門教育での教育の高度化に寄与する。本部門では、一年生に対する情報活用基礎の講義において、能力別クラス編成を採用し、グループでプレゼンテーションをさせるなどの新しい試みを実践して評価をしている。関連する教育方法論の研究なども手がけており、これらの成果も含めて関連学会などで発表している。
4.情報処理教育の実施
旧情報処理教育センターの各教官は、1994年に「情報活用基礎」が必修化されたときから、学内講師として他部局の情報処理教育の授業を一部分担してきた。これはサイバーメディアセンターになっても継続している。今後、本部門の教官には、その専門とする知識を生かした、より先端的な教育を実践・研究することが求められよう\footnote{すでに共通教育の基礎セミナーとして「UNIXプログラミング」を開講して、UNIXに深い興味を持つ学生に対しての少人数教育を実施している。}。また、教育の実践過程において具体的な課題を把握しフィードバックすることにより、教育方法の研究開発にも大きく貢献することをめざす。
このほか、授業担当教官に対する講習会、基礎工学部公開講座や本学の技官研修の一部担当、高校生向けの紹介なども、毎年恒例の仕事として担当してきており、今後も引き続き貢献していきたい。
5.さいごに
本部門の教官は、大学全体の情報処理教育のカリキュラムをどうすべきかといった大きな問題を検討するだけでなく、停電に対応するために休日出勤したり、「靴を取り違えられた」「コンピュータがハングアップした」など学生からのクレームに対応するなど、日常的な細かいことについても毎日まさに献身的に仕事をしている。この一方、教官は各自それぞれ全く別の専門研究分野をもっており、上述のような多様な仕事の合間を縫って、それぞれの兼務先の大学院において教育研究も行っている。情報メディア教育研究部門の責務としての研究活動をどう進めていくかが現在の大きな課題である。今後、開かれた大学をめざした様々な試みも進めていく必要があろう。多くの方々のご理解とご支援を賜りたい。