研究部門の業績

コンピュータ実験科学研究部門
Computer Assisted Science Division


1 部門スタッフ

教授 小田中 紳二
略歴:1978年3月京都大学工学部数理工学科卒業、1980年3月京都大学大学院工学研究科博士前期課程数理工学専攻修了。同年4月松下電器産業株式会社入社、同半導体研究センターを経て、1997年4月松下電子工業株式会社プロセス開発センター室長、2000年4月より、大阪大学サイバーメディアセンターコンピュータ実験科学研究部門教授。大阪大学大学院情報科学研究科、理学研究科兼任。IEEE(Senior member)、電子情報通信学会、応用物理学会各会員。工学博士(京都大学)


助教授 降旗 大介
略歴:1990年3月東京大学工学部物理工学科卒業、1992年3月東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。同年4月東京大学工学部物理工学科助手を経て、1997年4月より京都大学数理解析研究所助手、2001年4月より大阪大学サイバーメディアセンターコンピュータ実験科学部門講師。2002年4月より同部門助教授。大阪大学大学院情報科学研究科、理学研究科兼任。日本数学会、日本応用数理学会各会員。

2 教育および教育支援業績

(1)本年度は以下の学内講義を担当した。
1. 共通教育・情報教育科目
情報活用基礎(降旗)
2. 理学部専門科目
応用数理学1(数学科、小田中)
応用数理学7(数学科、降旗)
数学研究b(数学科、降旗)
3. 大学院理学研究科科目
実験数学概論(数学専攻、小田中)
応用数理学特論I(数学専攻、降旗)
4. 大学院情報科学研究科科目
計算数学続論(情報基礎数学専攻、小田中)
計算数学要論(情報基礎数学専攻、降旗)

3 研究概要

 地球環境、情報、生命、ナノテクノロジーなどの科学技術分野において、様々な数理モデルが展開し、コンピュータシミュレーションを通して、その理解を深め、新たな知見を得る試みが急速に進展している。このため、コンピュータシミュレーションの発展のためには、数学的に基礎付けされた計算モデルの構築や数学的手法によるモデル階層を明らかにすることが益々重要になっている。また、その過程は、新たな計算手法や数学アルゴリズム構築の機会でもある。
 コンピュータ実験科学研究部門は、非線形偏微分方程式に基づく数理モデルや計算モデルの構成を中心にして、コンピュータシミュレーションの理論的基礎を築く計算数学・数値解析の研究、その応用として大規模コンピュータシミュレーション技術に関する研究を体系的に進めている研究部門である。また、この研究活動の中で、本年度は、コンピュータ実験科学セミナー(“インバース法について”、京都大学情報学研究科複雑系科学専攻、野木教授)を開催した。
 現在の主な研究テーマは、半導体輸送の数理モデルに関する研究、量子流体方程式の差分スキームに関する研究、ナノ領域FETのシミュレーション手法とその応用に関する研究、偏微分方程式の保存・散逸則を再現する数値計算法に関する研究、変分原理に基づく蛇行流問題の数理モデルに関する研究、である。
 

4 2004年度研究業績

4.1 半導体輸送の数理モデルに関する研究

 情報社会の至る所で、SoC(System on Chip)と呼ばれる集積回路システムが使われている。現在、集積回路システムを構成する固体素子は、CMOSと呼ばれるシリコンFET(電界効果トランジスタ)であり、10nm領域のシリコンCMOS素子実現に向けて、世界中で開発が加速している。
 一般に、CMOS素子内の電子輸送現象は、室温下(高温下)のシリコン結晶内の電子輸送であるため、Boltzmann-Bloch方程式を基に、その多体性をどのようにマクロモデル化していくかに大きな関心が払われてきた。しかしながら、室温下といえども微細化に伴ってその量子性をどのようにモデル化するかが新たな問題となっている。また、半導体内におけるこのような輸送現象は、マクロ的現象とメゾスコーピック的現象を有し、数学的手法によってメゾスコーピックからマクロスコーピックへいたるモデル階層を明らかにすることも興味深い基礎科学の問題である。
 メゾスコーピックからマクロスコーピックへいたるモデル階層は、Madelung変換やWigner変換によって非線形Schrodinger方程式の流体表現として求められ、Boltzmann輸送と対比させることができる。量子流体方程式は、非線形Schrodinger方程式をWigner変換して求められたWigner-Boltzmann方程式をChapman-Enskog展開し、流体方程式へのモーメントをとることによって導出され、階層的モデル構造をもっているが、数学的アプローチによるその構造を明らかにする研究は十分ではない。
 現在、定常状態における境界値問題に対するWell-posednessを調べ、解写像の構成方法を検討して、計算モデル構築を進めている。

4.2 量子流体方程式の計算スキームに関する研究

 量子ドリフト-拡散モデルは、量子流体方程式の階層において、もっとも基本的であり、量子閉じ込め電子輸送やトンネル電流の挙動を記述するのに適した重要なモデルである。このモデルは、数学的には、ポテンシャル場を記述する非線形Poisson方程式と4階偏微分方程式からなる保存則とからなる系として捉えることができる。シリコンFET構造の定常状態を解析する場合、電極においては熱平衡であり、電荷中性条件を満たす境界条件を設定し、非線形楕円型方程式系からなる混合境界値問題として定常な輸送現象を数学的にモデル化できる。
 この定常問題に対する弱解の存在を証明することができるが、解写像の構成とそれが縮小写像となる条件をさらに考察することによって、量子ドリフト-拡散方程式の反復解法と数値安定な多次元差分スキームを開発し、従来難点であった数値不安定性を解決した。この基本的な結果をもとに、受託研究などを通して、量子補正を伴ったMOS計算モデルやその数値計算手法の開発を進め、多次元構造を有するナノ領域MOSFETの大規模シミュレーション設計への波及もはかっている。

4.3 偏微分方程式の保存・散逸則を再現する数値計算法に関する研究

 応用数理学、社会学、生命学等の様々な研究分野におけるこれまでの研究の結果、非線型性の本質的な重要性が認識されつつある。こうした中、コンピュータ実験科学部門では複雑な現象を記述する非線形高階偏微分方程式の非線型性を本質的にとらえたまま計算する数値計算法の研究を行っている。
 非線型偏微分方程式を数値的に計算しようとする場合は通常は(非)線形安定性解析に基づいて離散パラメータを制御する。しかし、パラメータ制御による手法が本質的に無効である場合も少なくない。
 そこでわれわれは非線型偏微分方程式の多くはエネルギー保存性や組成保存性などの保存則や散逸則を要請されるものが多いことに着目し、それらを厳密に満たすように計算手法を構成する方法論をとる。同様の方法論にEnergy method や TotalVolume、Symplectic スキームなどが知られているが、適用範囲は限られており、新しい方法論が常に必要とされている。そこで、偏微分方程式解に対する Lyapunov 関数を離散的に構成するアイディアに基づいて離散変分法というスキーム構成法を提案した。
 この研究は徐々に深まりつつあり、適用範囲は Hamilton 系を含むエネルギー保存系や Fujita-type 爆発問題系、粘菌の挙動を記述する Keller-Segel 系などの連立偏微分方程式系、非線形 Schroedinger 問題などの複素問題等をはじめ、非線型長波長近似方程式として近年提唱された Bao-Feng Feng 方程式やパターン形成問題のモデル方程式として知られる Swift-Hohenberg 方程式や非線型 Klein-Gordon 方程式、エルゴード性を調べるために用いられた Fermi-Pasta-Ulam 方程式など、多岐に渡っている。
 さらに、スペクトル法などのより一般化された離散化概念を用いることも可能であることも判明し、より抽象的な概念に結び付く可能性を示唆している。また、Cahn-Hilliard 方程式や Eguchi-Oki-Matsumura 方程式、Allen-Cahn 方程式、さらに Bao-Feng Feng 方程式などのいくつかの方程式に対しては導出された差分スキームの安定性、解の一意存在性、収束性等を数学的な証明を与えた。
さらに、非線形性が多項式で表現されるような場合は time-multistage 化と呼ばれる手法により非線形性のオーダを下げられることに注目し、離散変分法と組み合わせることにより、安定かつ線型な差分スキームを構成できる可能性があることを見いだした。Time-multistage 化は非常に強い数値不安定性を伴うため通常は利用できないが、離散変分法のもたらす安定化効果の方が支配的な差分スキームを構成できれば、安定性と線形性の両方が同時に実現できるのである。このアイディアに基づき、先にあげた Cahn-Hilliad 方程式や Eguchi-Oki-Matsumura 方程式、Bao-Feng Feng 方程式に対して実際に線型かつ無条件安定な差分スキームを構成し、その性質を数学的に証明することにも成功した。
以上の結果はこの手法の有効性を具体的に示すものであり、これからの研究が待たれる。

4.4 変分原理に基づく蛇行流問題の数理モデルに関する研究

 河川工学、流体輸送などの分野において、流体の蛇行の理解、制御は非常に重要な問題であるため、これまで多くの研究がある。これらは、実測/実験によるデータ収集をはじめとして、侵食/堆積を中心とした素過程を数式化することによる数理モデリングや、これらの素過程を積分した結果をCellular-Automata に基づいて構成した数理モデリングなどがあり、これらのモデリングに基づいた数値計算結果との比較なども良好な結果を示している。
しかし、これまでの実験で、堆積過程の存在しない氷河上や、侵食過程と堆積過程との両方が存在しないガラス表面上でも流体が蛇行することが確かめられている。これは、これまでの数理モデルが根本的に適用できない状況においても流体の蛇行現象が起きることを意味する。つまり、蛇行現象はこれまでの「侵食/堆積といった素過程を積み重ねる」ことのみによって理解出来る現象ではなく、より大きな共通構造を数理的にモデリングする必要があることをこの事実は示唆している。人工的な流体輸送においても侵食/堆積といった素過程は存在しない場合があるため、この共通構造の理解は実用面からも要求される大きな課題である。
 この現状に対し、素過程を積み重ねるという粒度の細かい議論ではなく、系の自由エネルギーの変化に伴う現象であるという粒度の大きな議論を行うことで数理モデリングを構成し、解析する研究を行っている。これは、局所自由エネルギーが流体の速度と加速度に依存するとし、速度に依存する項が極小点をもち、かつ、加速度に対しては単調に増加する項をもつという系を考え、この系の全自由エネルギーが単調に減少するような自然な偏微分方程式系を想定することで数学的に非常に自然に行える。これにより、系の時間発展に伴うエネルギー変化が自然に導出できるとともに、その局所的変動により応力の発生などが計算できるという利点がある。そして、このモデリングによる計算モデルの構築を行い、その計算結果の解析に取り組んだ結果、妥当な計算結果を得ることに成功し、当モデリングの妥当性を示すことができた。

5 社会貢献に関する業績

5.1. 教育面における社会貢献

5.1.1 学外活動

(以上、降旗)

5.2. 研究面における社会貢献

5.2.1学会活動

(以上、小田中)
(以上、降旗)

5.3 産学連携

(1) 受託研究 “密度勾配法によるMOS計算モデルの研究”
(2) 受託研究 “量子補正MOSモデルの数値計算手法の研究”
(以上、小田中)

5.4研究プロジェクト活動

現在、以下の研究プロジェクトに参画している。

(1)文部科学省 科学研究費補助金 基礎研究(B) “保存則系の粘性及び緩和モデルの時間大域解とその漸近挙動に関する研究”(2003~2006年度) 分担
(2)文部科学省 21世紀COEプログラム “究極と統合の新しい基礎科学”(2003~2006年度)(第3班 原理の追求)分担
(以上、小田中、降旗)

(3) 文部科学省 科学研究費補助金 基礎研究(B) “樹木と土壌の相互作用による動的森林システムの数学的構造”(2004~2007年度) 分担
(以上、小田中)

(4)文部科学省 科学研究費補助金 若手研究(B) “非線形偏微分方程式の大域的性質を保存する数値解法導出のための離散変分法の研究”(2003~2005年度) 研究代表者
(5)文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(B)(一般) “力学系の保存性・安定性とその数値解析の研究”(2003~2005年度) 分担
(6) 文部科学省 科学研究費補助金 萌芽研究 “脈管形成の数理モデルに関する解析的研究”(2003~2005年度) 分担
(以上、降旗)

2004年度研究発表論文一覧

学会論文誌

(1)S.Odanaka, “Multidimensional discretization of the stationary quantum drift-diffusion model for ultra-small MOSFETs”, IEEE Transactions on Computer-Aided Design of ICAS, Vol.23, No.6, pp.837-842, June 2004.

口頭発表(国内研究会など)

(1) 小田中 紳二, “半導体プロセス・デバイス・回路のモデリングとシミュレーション”,応用物理学会2005年度年会, 2005年3月
(2) 小田中 紳二,“Finite difference schemes for the stationary quantum drift-diffusion equations”, 自己組織化と数理解析研究集会,2004年11月
(3) 降旗 大介, “蛇行流のモデル方程式とその数値計算”, 日本応用数理学会2004年度年会, 2004年9月
(4) 降旗 大介, “偏微分方程式系の保存性/散逸性を離散的に再現する離散化の一方法論とその応用”,第57回戸田セミナー, 2004年12月
(5) 降旗 大介, “structure preserving method としての離散変分法”, ワークショップ ”現象とその構造”, 2005年1月
(6) 降旗 大介, “流体の蛇行現象のマクロな視点によるモデリングとその数値計算”, 医学数学シンポジウムV, 2005年3月

解説・その他

(7) 小田中 紳二, “ナノ領域FETのシミュレーション”,pp.5--8, 生産と技術,大阪大学生産技術研究会,2004年10月

2004年度特別研究報告・修士論文・博士論文

修士論文

(1) 植田 健太, “非線型格子上の離散ブリーザーを記述するモデル方程式の差分スキームの構成と解析”
(2) 山口 訓央, “Allen-Cahn 方程式のエネルギー減少性を保つ差分スキームの構成と解析”