センター報告

総務省受託研究
ユビキタスネットワーク技術の研究開発
～ ユビキタスネットワーク認証・エージェント技術 ～

1. はじめに

　近年、「ユビキタスネットワーク」や「ユビキタスコンピューティング」という言葉が次世代のIT環境を象徴する言葉として使われだしている。ユビキタス(ubiquitous)という語はラテン語で「いたる所に存在する」という意味であるが、ユビキタスネットワークは「いつでもどこにいてもネットワーク、端末、コンテンツ等を自在に、意識せずに、安心して利用できる情報通信ネットワーク」のことを指す。総務省の報告書によると、ユビキタスネットワークの市場規模は2010年には84.3兆円に達すると試算されている。そのような中、日本政府はe-Japan戦略第二期として「元気・安心・感動・便利」社会を目指すIT政策を推進している。
　この政策の一環として、2003年度より、総務省情報通信分野における研究開発委託「ユビキタスネットワーク技術の研究開発」の課題の一つである「ユビキタスネットワーク認証・エージェント技術」に関する研究開発を、日本電信電話（株）（代表機関）、大阪大学、東京大学、（株）日立製作所が共同で受託している。本研究開発は、参加機関が密に連携しながら、以下の研究テーマについて2003年度から2007年度までの5年計画で推進していく予定となっている。

• 大量モビリティ対応認証技術に関する研究開発（日立製作所）
• 分散型認証制御技術に関する研究開発（日立製作所）
• 自律分散ノード認証技術に関する研究開発（東京大学）
• 自律適応型ネットワークシステム構成エージェント技術に関する研究開発(NTT)
• コンテンツ流通エージェント技術に関する研究開発（大阪大学）

　大阪大学では、本センター応用情報システム研究部門（下條研究室）および情報科学研究科情報ネットワーク学専攻インテリジェントネットワーキング講座（村上研究室）が中心となり、奈良先端科学技術大学院大学および尾道大学の研究者と共同して、「コンテンツ流通エージェント技術」について研究を推進している。

2. 研究開発概要・目標

　本研究では、ユビキタス環境下で各種コンテンツを効率的に提供するためのエージェント技術について研究を推進する。
　まず、アプリケーションレベルにおいて、ユビキタスコンテンツアクセスメカニズムに関する研究を行い、膨大なリソースを、メタ情報とユーザのプロファイルをマッチングすることにより効率よくユーザに提示する技術と、コンテンツをユビキタスに配信し、かつその膨大なコンテンツを意味的にまとめて発見する技術を研究開発する。
　一方で、これをネットワーク側から支援するため、網の構成や利用状況を把握するネットワークエージェントと利用者の用途に応じた通信形態を判断するユーザエージェントとの協調によって多様な無線アクセス技術をアプリケーションに応じて効果的かつ透過的に利用可能とする技術と、端末数が膨大でかつ構成が動的に変化する低機能端末網に対して高速かつ機能的なメッセージ交換を実現する適応的経路制御技術についても検討する。
　具体的な成果目標は以下の通りである。

(1)	数万コンテンツのメタデータを数十万人規模のユーザのプロファイル、ネットワーク状況とマッチングして、コンテンツの選択を単一ユーザに対して1秒未満で行うアルゴリズムの開発。
(2)	数万コンテンツをマルチキャスト、ユニキャストを適宜選択しながら数十万人のユーザに配信する技術の開発。
(3)	アプリケーションに適した無線アクセス技術による通信をユーザに対して透過的に提供する機能の開発。
(4)	各種無線網のバックボーン統合化とその効率的利用により、リソース利用率を現状の50％から80％に向上させるネットワーク制御技術の開発。
(5)	多数かつ不均質な端末が存在する環境で、すべての端末に対して1秒以内で経路を確定する経路制御技術の開発。

　昨年度までに、コンテキスト・アウェアネスの概念を採り入れたコンテンツ流通モデルの設計、利用者の過去・現在・未来の状況とコンテンツのメタデータをマッチングさせ流通させる技術、位置情報を活用して範囲指定型の検索を効率化するP2Pネットワークの構築技術、無線統合網におけるサービスエリアの連続性を考慮した網構成把握技術などについて成果をあげてきた。また、研究成果を実証するためのテストベッドの構築を行ってきた。

3. 研究内容

　本研究は、先に述べた通り、大きく分けて、以下の2つの取り組みに大別できる。

1. コンテンツアクセスメカニズム
2. 無線ネットワーク制御・適応的経路制御技術

　以下では、それぞれにおける本年度の成果について述べる。また、NTTと共同で出展したUNS2004についても報告する。

3.1. コンテンツアクセスメカニズム

図1は、コンテンツアクセスメカニズムにおける研究要素と、本年度成果の概要を示している。
コンテンツアクセスメカニズムにおけるコンテンツ発見・適応に関する成果としては、まず、ユーザの状況に適応したコンテンツ推薦を行うための、コンテキストの形式化および、マッチングアルゴリズムの考案と実装が挙げられる。また、ユビキタス環境で得られる膨大なセンサー情報を管理するための管理方式、検索方式について検討を進めている。
昨年度より検討を行っているP2P ネットワークの構築技術については、位置情報やコミュニティに基づいたネットワーク構成手法の検討を進めている。さらに、冗長化・位置独立によるマルチキャスト配送安定化方式の設計・開発や、ピアの資源利用に対する動的ポリシー調停機構の考案といった成果もあげている。本報告では、これらのうち、コンテキスト形式化とマッチングアルゴリズム、位置情報・コミュニティに基づくP2Pネットワーク構成手法、マルチキャスト配信機構について紹介する。


図1：コンテンツアクセスメカニズムの研究要素および本年度成果

3.1.1. コンテキスト形式化およびマッチングアルゴリズム開発

本課題では、ユビキタス環境において、移動先の予定時間における天気情報の取得や、 現在地周辺で検索者の嗜好に合致した飲食店の検索といった検索者の状況（コンテキスト）に応じた情報検索を扱っている。検索者は日々生活を送る上で、 時間や場所、 嗜好、目的といった属性が変化する。本課題では、この属性を人の行動の要素となるTime、 Position、 Occasion の3属性(TPO)に分類し、メタデータとして形式化した。また、メタデータの活用方法として、TPO によって分類されたメタデータを検索対象および検索者のクエリの元となる要素に付加させ、 それぞれのメタデータを属性毎にマッチングしてスコアリングする検索手法を提案し、検索エンジンとして実装した（図2）。


図2：メタデータ活用による検索モデル
マッチングアルゴリズムとしては、TPO 各要素で独立のマッチング作業を行い、 それらの結果の論理和集合をマッチング結果とする手法を用いた。本手法を実装した検索エンジンを用いて、目的のコンテンツにたどり着くまでの時間を測定する実験を実施して、評価を行ったところ、従来全文型検索エンジンやカテゴリ型検索エンジン等の従来手法に比べ目的到達時間が短くなる結果が得られた。いくつかのシナリオを被験者に与えて行った実験では、属性変化が大きな複雑なシナリオほど、従来手法よりも目的到達時間に差が生じた。これにより、本手法が検索者の属性の変化に対応した情報検索に適していることを示すことができた。

3.1.2. Ｐ２Ｐネットワーク構成手法

本課題では、端末の位置情報に基づいてP2Pネットワークを構成する手法(LL-Net: Location- based Logical Network)　および、レスポンスの転送頻度に応じたコミュニティベースのP2P ネットワーク構成手法を提案している。
　前者は、対象領域全体をエリアに分割し、エリア間ネットワークとエリア内ネットワークにより論理ネットワークを構成することにより、特定エリアへの検索メッセージの伝播を効率化する手法である。本年度、エリアを階層的に捉えることによって検索メッセージの伝播を効率化する手法を考案した。また、端末の故障を検知しリンクを修復するプロトコルを新たに考案した。提案手法のシミュレーション評価により、既存のP2Pネットワークよりも検索メッセージ数を大幅に削減できることを示している。
後者については、レスポンスの転送状況を監視し、転送頻度の高いレスポンスが存在する経路に関して論理ネットワークを繋ぎ換えるアルゴリズムを提案した。これにより、情報を要求するピアと、その情報を保持するピアを論理ネットワーク上の近傍に再配置され、トポロジが変化することを確認した（図3）。


図3：　トポロジの変化

3.1.3. マルチキャスト配信機構

　本課題では、ユビキタス環境におけるマルチキャストコンテンツ配信技術について研究を進めている。ユビキタス環境では、送信者・受信者ともに移動すること、および 途中のリンクが無線リンク等で不安定であることを考慮し、マルチキャストツリーを維持する機構の開発を行った。
　既存のIPマルチキャスト技術であるPIM-SM (Protocol Independent Multicast-SparseMode)を拡張し、不安定なリンクに対応するため冗長経路を確立することで安定したマルチキャスト配信を実現するPIM-SM/MP(Multi-Path extension)、および 送信者が移動した場合にも同一のマルチキャストツリーとして維持することが可能なPIM-SM/LI (Location Independent)を設計し、プロトタイプを開発した。
　本プロトタイプを用いてシミュレーション実験を行った結果、おおむね良好な結果が得られることを確認している。

3.2. 無線ネットワーク制御・適応的経路制御

本研究ではネットワーク中に新たに地理的な位置を示す位置情報という指標を設け、システムの選択基準となるAP(Access Point)の位置情報や連続性、チャネル利用率といったネットワーク情報を管理し、ユーザに提供する方式と、既存のフラッディングアルゴリズムを改良し、その効率を大幅に高める方式について検討した。研究内容としては、ネットワーク側から支援するため、網の構成や利用状況を把握するネットワークエージェントと利用者の用途に応じた通信形態を判断するユーザエージェントとの協調によって多様な無線アクセス技術をアプリケーションに応じて効果的かつ透過的に利用可能とする技術と（図4）、端末数が膨大でかつ構成が動的に変化する低機能端末網に対して高速かつ機能的なメッセージ交換を実現する適応的経路制御技術について研究開発を行った。
前者については、昨年度既に基本システムを構築しており、本年度、1つのエージェントが管理できる網範囲に関する定量的評価を行い、大規模なネットワークにおいても十分にスケールするという知見を得ている。また、多階層分散型モビリティ制御プロトコルを実装し、その基本動作を確認している。
後者については、複数のパケットが同時に送信される環境での性能評価を行い、条件によっては大幅に 性能が劣化するという問題を認識した。そこで、冗長なメッセージをより積極的に廃棄する一方、重要なメッセージについては優先的に処理を行う方式を、簡易な方法で実装することでこれを解決している。


図4 　提案方式の無線ネットワーク構成

4. UNS2004への出展

11月29日から30日にかけて、東京で開催された UNS2004 （ユビキタスネットワークシンポジウム2004） において、ユビキタスネットワーク認証・エージェント技術研究成果報告の一部として、本研究の開発成果である Xanthium システムをNTT-NS 研と共同で出展した。
Xanthiumは、本研究のコンテンツアクセス機構と、NTT-NS研が研究開発したサービス合成機構とを結合させて構築したシステムである。これは、当初、2005年度実施することになっていたグループ内での連携を予定より前倒しして実施した成果である。
本システムは、仮想的なショッピングセンターにおいて適切なコンテンツを推薦する、ショッピングナビゲータとして動作する（図4）。
出展では、国内外の研究者の注目を集め、本研究の有効性について広く訴えることに成功している。


図5　Xanthium の画面例


図6　UNS2004におけるデモの様子

5. おわりに

本研究では、今後も特にエージェント技術を活用したアプリケーションレベルでのコンテンツ流通に焦点を当て、いつでもどこでも状況に応じた情報処理が効率的に行える手法について研究を推進していく予定である。本研究によって日本のユビキタスネットワーク技術の進歩に大きく寄与したいと考えている。