利用者報告
Fokker-Planckシミュレーションによる
相対論的高速電子輸送解析
城崎 知至 (大阪大学レーザー核融合研究センター)
長友 英夫 (大阪大学レーザー核融合研究センター)
坂上 仁志 (姫路工業大学大学院工学研究科電気系工学専攻電子情報部門)
三間 圀興 (大阪大学レーザー核融合研究センター)
中尾 安幸 (九州大学大学院工学研究院エネルギー量子光学部門)
1.はじめに
爆縮プラズマに超高強度レーザーを照射すると、臨界密度近傍で相対論的レーザープラズマ相互作用によりMeVオーダーの高速電子が発生する。この電子はプラズマ中を伝播し、固体の数千倍の高密度コア領域にまで到達し、バルクの熱電子とのクーロン衝突によりエネルギーを付与する。高速電子により加熱されたバルク熱電子は、エネルギー緩和過程を通じてバルクイオンを加熱する。高速点火[1]では、爆縮コアが慣性により高密度に保たれている数十psの間に、コア端のイオンをこの高速電子加熱により点火に要求される10keV程度まで上昇させ、核融合点火を実現する。
コア加熱過程の解析は、粒子的手法によるものと、運動論的手法によるものに大別される。高密度プラズマ中での高速電子エネルギー緩和過程においては、高速電子-媒質プラズマ粒子間の衝突が支配的となる。このエネルギー緩和過程の解析を目的として、本研究では、2次元相対論的Fokker-Planck輸送コードを開発した。
高速点火の物理現象を解明し、核融合点火・燃焼特性を評価するためには、爆縮からコア加熱、核融合点火燃焼にいたるすべての過程を含む、統合シミュレーションが必要である。しかし、ここの物理現象は異なる時間・空間スケールを有し、相互に影響を及ぼしあう。したがって、すべての現象を単一のコードによってシミュレートすることは実際上不可能である。そこで我々は、個々の物理現象を個別のコードで取り扱い、ネットワーク上で相互にデータを授受しつつ計算を進める統合コード(Fast Ignition Integrated Interconnecting (FI
3) code system)[2]の開発を進めている。
統合シミュレーションの第一段階として、“Off-line”による統合計算を行った。最初に、2次元ALE輻射流体コード“PINOCO”[3]により爆縮シミュレーションを行い、最大圧縮時のプラズマプロファイルを求める。次に、この爆縮プロファイルを初期条件として、1次元集合粒子を用いた粒子コード“FISCOF1”[4]により相対論的レーザープラズマ相互作用過程をシミュレートし、発生する高速電子の時間依存のスペクトルおよび強度を評価する。最後に、両プロファイル(爆縮コア・高速電子)を入力として、高速電子輸送とプラズマ流体の2次元結合計算によりコア加熱過程の解析を行う。
本報告では、Off-lineによる高速点火に対する爆縮からコア加熱までの統合シミュレーションの結果について報告し、金コーンつきターゲットのコア加熱特性について議論する。
2.金コーンつきターゲットの爆縮プロファイル
高速点火の加熱過程において、コロナプラズマを排除し加熱レーザーの導波路を確保することを目的として、コーン付ターゲットが提案され、加熱実験によりその有用性が示されている[5]。我々は、2次元ALE-CIP輻射流体コードPINOCO[3]により、この金コーンつきCHターゲットの爆縮シミュレーションを行った。ターゲットシェルは内径250µmで8µm厚のポリスチレン製で、頂角30度の金コーンが取り付けられている。爆縮レーザーは、波長0.53µmのGaussian波形で金コーン以外の部分に3.5kJ照射した。
図1 は爆縮レーザー照射開始から1.93nsたった時点での密度の空間分布である。この時点で爆縮コアの平均面密度
pRは最大となった。図より、コーンの存在により、爆縮コアの形状は球対称から大きくずれているが、中心密度は200 g/cc以上に達し、
pR値は0.28g/cm²となり、球対称爆縮の場合よりも高い面密度が達成された。これは、球対称爆縮の場合に中心に形成される高温のスパーク部が、コーンの存在で生じる圧力分布の非等方性によってコーン先端方向に流出するため、高密度部がより中心に集まる球収縮の効果が高まった結果である。
3.時間依存の高速電子生成スペクトル
相対論的レーザープラズマ相互作用により発生する高速電子プロファイルの評価には、一次元集合粒子型粒子コード“FISCOF1”[4]を用いた。このコードでは、高密度領域において多数の“計算粒子”を“集合粒子”によって表すことで、通常の粒子コードに比べ、計算に使用する粒子数を大幅に削減して計算機リソースの使用量を大幅に削減する工夫が行われている。
シミュレーションにおける初期プロファイルとして、爆縮シミュレーションより得られた金コーン内部の密度プロファイルを、指数関数によりフィッティグして用いた。加熱用レーザーとしては波長1.06µmでGaussian波形(FWHM=300fs)を用いた。シミュレーションはレーザー強度
IL = 10
19, 10
20W/cm²の2ケースについて行い、“レーザー伝播方向の運動量を持つ(前方方向に進む)高速電子”(以下では、単に“高速電子”という)のエネルギースペクトルと強度を100倍の臨界密度点で20fs毎に評価した。
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| Fig.2 Temporal profiles of intensity of forward- directed fast electrons |
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| Fig.3 Momentarily energy spectrum of forward-directed fast electrons measured at the 100 ncr point every 100 [fs] from t = 500 to 1500 [fs]. (a) IL = 1019 W/cm² ,(b) IL = 1020W/cm². |
加熱レーザー照射開始の時刻を0とし、100倍の臨界密度点で評価した高速電子の強度プロファイルを図2に示す。両ケースにおいて(
IL = 10
19, 10
20 [W/cm²])、電子ビームのパルス長は加熱レーザーパルス長とほぼ同じであった。レーザーから前方方向に進む高速電子(
E
fe > 50keV)へのエネルギー変換効率は、
IL = 10
19 W/cm²および10
20 W/cm²に対してそれぞれ19%および21%であった。また、500fs~1500fs経過した時点での高速電子のエネルギースペクトルを図3((a)
IL = 10
19 W/cm²および (b)
IL = 10
20W/cm²)に示す。時間積分した高速電子の平均エネルギーは1.7 MeV (
IL = 10
19 W/cm²)および5.3 MeV (
IL = 10
20W/cm²)であった。しかし、図3に示す通り、各時刻における高速電子のエネルギースペクトルは時々刻々と変化している。電子ビームパルスの先端部では発生する電子のエネルギーは比較的低い。時刻t
= 500 [fs]では, 高速電子の平均エネルギー

は、
IL = 10
19 W/cm²および10
20W/cm²に対してそれぞれ0.5 MeVおよび1.0MeVであった。時間の経過とともに高エネルギー成分が徐々に増え、高速電子パルス強度が最大となるt~1100 fsでは、高速電子の平均エネルギーも最大(

= 2.6 MeV (
IL = 10
19 W/cm²) および8 MeV (
IL = 10
20W/cm² ))となった。その後、強度の低下とともに高速成分は減少し始め、平均エネルギーも低下し、t = 1500fsでは

= 0.6 MeV (
IL = 10
19 W/cm²)および2.3 MeV (
IL = 10
20W/cm²)となった。
高速点火のコア加熱過程の解析においては、このようなレーザープラズマ相互作用を考慮した、より実際的な時間依存の高速電子プロファイル(スペクトルおよび強度分布)を用いることが重要である。
4.高速電子による爆縮コア加熱
これまでに我々は、高密度プラズマ中での高速電子輸送解析を目的として、1次元相対論的Fokker-
Planck(
Relativistic
Fokker-
Planck; RFP)コード[6]を開発し1次元の範囲でコア加熱解析を行ってきた。しかし、多次元効果(自己生成磁場等)を考慮するために、2次元化を行った。2次元RFPコードでは、バルクの低温電子およびイオンは1流体2温度の流体モデルにより取り扱い、電子の高速成分のみをFokker-Planck輸送モデルで取り扱う。また高速電子流による自己生成電磁場は、バルク電子に対する一般化されたOhmの法則、Ampere-Maxwellの式およびFaradayの法則により求める。
この2次元RFPコードにより金コーン付きターゲットに対するコア加熱特性を調べた。爆縮コアプロファイルとしては、図1に示すPINOCOによる爆縮シミュレーションの結果を用いた。また、入射高速電子のプロファイルには1次元粒子シミュレーションの結果(図2,3)を用い(以下、PICソースと呼ぶ)、
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| Fig.4 Contours of heating rate by fast electrons , pdep [W/cm³] (color) and core density [g/cc] (line) when the core heating rate becomes maximum (t = 1300fs ) in the case of IL =1020W/cm². |
金コーンの内側にてビーム入射垂直方向にはGaussian分布(FWHM = 15µm)を仮定した。比較のため、単色電子ビーム
(E
0 = 1 ,2 and 5MeV、FWHM= 300 fs)を仮定したシミュレーションも行った。この単色ビームに対してはピーク強度を、粒子シミュレーション((
IL = 10
20W/cm²時)で得られた電子ビーム最大強度
IREB = 3×10
19W/cm²に一致させた。
図4には高速電子によるコア加熱率が最大となった時点(t = 1300fs)での加熱率
Pdepプロファイルを示す。(等密度線[g/cc]を合わせて示す。)図より、コーン内面より入射された高速電子が高密度コアまで伝播し、クーロン相互作用によりエネルギーをコア領域に付与している様子がわかる。
異なるビーム条件(
IL = 10
19および10
20 W/cm²のPICソース、およびE
0 = 1, 2 および 5 MeVの単色ソース)で評価した、高密度コア領域(
p> 50g/cc)の(a)加熱率と(b)イオン温度の時間発展を図5にしめす。5ケースの中では、電子のエネルギーが最も低く飛程の短い1MeV単色ビームの場合が、コア加熱率は最も高い。その結果として1MeV単色ビームの場合はコアのイオン温度は0.62keVにまで達した。電子のエネルギーが高くなるに従い、阻止能が低くなるためコア加熱率は低下している。加熱レーザー強度
IL = 10
20 W/cm²のPICソースの場合、電子ビーム強度は単色ビームとほとんど同じであるが、電子の平均エネルギーが高すぎるため(ピーク強度時で

= 8.8 MeV, 時間平均で

=5.5 MeV)、コア加熱率は5MeV単色ビームより低い。一方、
IL = 10
19 W/cm²のPICソースの場合,電子の平均エネルギーは比較的低いが、ビーム強度が他の4ケースに比べ1桁低く、コアへ入射する電子の絶対数が少ないため加熱率は低い。したがって、PICソースを用いた場合、プラズマの温度を上昇させるほどのコア加熱率は得られなかった。
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| Fig.5 Temporal profiles of (a) Core heating rate and (b) ion temperature averaged over the dense core region (p > 50g/cc). |
5.まとめ
本研究では FI³プロジェクトの第一段階として、コーンターゲットを対象に“off-line”による統合シミュレーションを行い、非球対称ターゲットにおける爆縮コアプロファイル、相対論的レーザープラズマ相互作用による高速電子発生過程、および高速電子によるコア加熱特性を評価した。爆縮シミュレーションより得られたコアプラズマプロファイル、および1D粒子シミュレーションより得られた高速電子プロファイルを用いたコア加熱解析では、期待されたようなコア温度上は得られなかった。
今後、より実際的な統合シミュレーションを行うためには、個々のコードにおいて物理モデルの改良(例えば、爆縮過程において発生する磁場、相対論的レーザープラズマ相互作用における多次元効果、高速電子輸送における静電場の効果等)を行うとともに、コード間で双方向のデータ授受を行い、時間依存でそれぞれの結果を互いにフィードバックしつつ計算を進める“on-line”統合計算が必要である。
謝辞
本研究は、平成15年度科学研究補助金(学術創生研究15GS0214)の助成の下で行われた。また、本研究を行うにあたり、大阪大学サイバーメディアセンター、大阪大学レーザー核融合研究センター計算機室のご協力をいただいた。ここに厚く感謝申し上げる。
参考文献
[1] M. Tabak, et al., Phys. Plasmas, 1, 5, 1626 (1994).
[2] H. Sakagami, et al., Proc. of the 2nd Int. Conf. on Inertial Fusion Science and Applications, Kyoto 2001, IFSA2001, Elsevier, 380 (2001).
[3] H. Nagatomo, et al., Proc. of 2nd Int. Conf. on Inertial Fusion Sciences
and Applications, Kyoto 2001, IFSA2001, Elsevier, 140 (2001).
[4] H. Sakagami, et al., “Collective PIC Simulations on Interaction Between Ultrahigh Intense Laser and Realistic Plasma for Fast Ignition,” presented at 3nd Int. Conf. on Inertial Fusion Sciences and Applications IFSA 2003, to be published in Proc. of IFSA 2003.
[5] R. Kodama, et al., Nature, 412, 798 (2001), R. KODAMA, et al., Nature,
418, 933 (2002).
[6] T. Johzaki, et al., Fusion Sci. Technol. 43, 3, 428 (2003).