利用者報告

電力系統を考慮した民生用エネルギーシステムの
環境負荷定量化に関する研究


前原 光博(大阪大学大学院 工学研究科 環境工学専攻)

1.はじめに

 都市民生用エネルギーシステムは電力、ガス石油等様々なエネルギー源により形成されており、形態も多様である。そのため民生用エネルギーシステムの環境性を定量的に評価するには多面的・総合的な評価が必要である。この定量的な総合評価の問題点として評価運用段階の系統電力原単位の問題が挙げられ、火力平均原単位(Marginal)と全電源平均原単位(Average)のいずれの考え方をとるかの選択が総合評価結果に大きく影響を与えることが知られている。この電力消費に伴うCO2排出量など環境負荷原単位については国内外を問わず幅広く議論されている問題であり、例えば米国においてはEPAがワークショップ1)を開催して問題解決に向けた提言を行っている。提言によるとAverageとMarginalの議論に代わり、AttributionalとConsequentialの議論へと用語が移行したとしている。Attributionalの考え方は現在のエネルギーシステムは環境にどのような影響を与えているかという状態量を論じることに相当する。一方Consequentialの考え方は、環境評価によって選択されたシステムによって、環境負荷がどのように変わるのか、すなわちエネルギーシステムでいえば、それによって全体システムがどのように変わるのかを論じることに相当する。本研究では新規エネルギーシステムを導入することで結果的に環境負荷がどのように変わるのかということについて、定量的に明らかにすることを目的としているため、Consequential (Marginal)の考え方で環境負荷の定量化を行う。全体システムの変化を明らかにするため、需要側の変化に対する電力供給側の応答について積み上げ法や単年度電源運用モデルを用いて時刻別に推定した。これらのモデルを用いてCO2およびNOxの環境負荷の定量化を行った。また、エネルギーシステムが使用するエネルギーとして電力、ガス等があり、系統電力を使用することにより発電所周辺の環境が、またCGSなどオンサイトでガスを使用することにより、対象建物周辺の環境がそれぞれインパクトを被ることになる。そこで本研究ではこのような地域の差異を考慮するためにNOxについて排出量から周辺住民への暴露量を算出した。

2. 評価対象システムの選定

 検討を行う建物モデルは、建築設備士協会が提案した標準オフィスモデル2)を基に、若干の訂正を加えたものである。以下では、検討対象である熱源システムの設定条件について述べる。

(1)ガス吸収式冷温水機システム
(以下、「吸収」)
 本システムでは、ガス吸収式冷温水機(COP1.02[HHV])によって冷温熱を供給する。

(2)電動蓄熱ヒートポンプシステム
(以下、「蓄熱」)
 本システムでは、ターボ冷凍機(COP5)により冷温を製造し、ガスボイラにより温熱を製造する。ガスボイラはボイラ効率を0.822[HHV]一定としてモデル化している。これに対して、ターボ冷凍機に関して、ガス吸収式冷温水機と同様に、冷水温度、冷却水温度、部分負荷特性を考慮している。また蓄熱システムは、冷凍機の運転は深夜電力時間帯(22時~8時)の間に限られる。また、シミュレーション上では、蓄熱槽から蓄熱された熱のうち、毎時1%が熱損失として失われるものとした。

(3)コージェネレーションシステム
(以下、「CGS」)
 現在のトップランナーと考えられるガスエンジンを想定し、CGSはON/OFFにより毎時のランニングコストを最小化するように運用される。また、CGS容量は、ガス吸収式冷温水機システムをベースとして、単純回収年数(イニシャルコスト増加分/ランニングコスト減少分)が最小となる容量(390kW)を選択するものとした。
 各システムの一日における電力消費(CGSは供給)パターンを図1に、年間のガス、電力需要を表1に示す。

3.環境負荷定量化手法

3.1 積み上げ法

 積み上げ法とは、各発電所の毎月の発電量の実績値3)をもとに、発電所の運転優先順位を利用率実績等より定めて、発電量をその時刻における電力需要を満たすまで順番に積み上げることにより、その時刻におけるマージナルとなる発電所を推定する方法である。すなわち、各時刻において最上端に位置する発電所がマージナル電源となる。

3.2 単年度電源運用モデル

 単年度電源運用モデルは文献4)を参考に関西電力における電源別(火力は発電所別)の発電量を変数とし、各種制約条件のもと想定期間の総発電費用を線形計画法により最小化するものである。なお、この線形計画法の計算には、大阪大学サイバーメディアセンターのスーパーコンピュータSX-5(NEC製)のNAGアプリケーションを用いた。

(1) 目的関数
 目的関数は表2に示すように、発電に要する年間ランニングコスト(燃料費)とする。電源は7種類を想定するが、火力発電については発電所ごとに区別し、27区分の発電所について計算を行う。また、一般水力発電は外生条件とすることで最適化計算から除外するが、揚水発電は積み上げ法とは異なり最適化計算に含まれる。計算期間は2000年度の1年間とする。


(2) 制約条件
 制約条件を表3に示す。需要と供給は26区分の需要パターンごとに日量で一致する。従って、揚水水力の蓄電・放電は一日の中で行われる。火力や原子力については負荷追従性も考慮した。


3.3 マージナル推定結果

 各手法により推定した夏期最大電力日における時間別の電源構成を図2に示す。なお、揚水の実績値は月別の揚水動力5)と揚水発電効率(68%)より算出した。この揚水発電効率は関西電力における揚水の発電量と動力値の年間値より算出した。積み上げ法では、各時刻の上端の火力発電所がマージナル電源である。また、単年度電源運用モデルによるマージナル電源は、図に示した各発電所の発電量と、新規の電力需要増分を加えた後に再び推定した各発電量との差より算出した。

図2 8月の最大電力日における電源構成推定結果
(左:積み上げ法、右:単年度構成モデル)

4.環境負荷定量化

4.1 CO2定量化

 電力消費によるCO2排出量は、積み上げ法や単年度電源運用モデルで推定した電力増減量に、各発電所の燃料消費実績値5)より算出したCO2排出量原単位を乗ずることで定量化を行った。ガス消費によるCO2排出量も同様にガス消費量に原単位(214.10(kg-CO2/Gcal) 6))を乗ずることで定量化を行った。また、CO2原単位として石油火力原単位・火力平均原単位・全電源平均原単位を用いた結果も示す(図3)。
図3 CO定量化結果(t/年)

4.2 NO定量化

 電力原単位は大阪府内の発電所については、NOx排出量実績値7)より算出した。その他の地域の発電所に関しては、発電効率比より推定した。ガス原単位は機器ごとに設定した排出ガス濃度より算出した。これらのNOx排出量原単位を用いて、CO2と同様に定量化を行った(図4)。

図4 NO定量化結果(kg/年)

5.NO暴露量評価


 暴露量の計算については森口ら8)によるEXPECを参考にした。EXPECは、排出源周辺の人口集団が呼吸によって取り込む汚染物質の量を、その総排出量に占める相対値として表す無次元のパラメータである。また、より詳細に大気汚染インパクトを表現するためには、風向・風速の年間発生頻度別に汚染物質濃度を評価したうえで、暴露量を算出する必要がある。そこで、著者らは拡張アメダス気象データを用いて計算した風向、風速別の汚染濃度と、16方位別の人口分布から算出した方位別暴露量よりEXPECGを求めた。更に、本研究では、マージナル電源となる発電所が時間により変化することから、1時間単位でその排出場所・時刻における風向、風速と方位別の人口分布よりEXPECG,hを求めた。表5より算出したNOxの定量化結果とこれらのEXPECから暴露量を算出した(図5、表6)。なお、火力平均、全電源平均に関しては、EXPECGを発電量で重み付けした関西電力全体のEXPECより算出した。

図5 NO暴露量算出結果(g/年)



6.おわりに

 本研究が用いた手法により算出した定量化結果と、一定値である(供給側の変動を考慮していない)原単位により算出した定量化結果の相対値について、システム間で比較すると、「蓄熱」の相対値が他システムの相対値より小さくなった。このように、電力供給側において時刻別にマージナル電源を推定することにより、熱源システムの電力負荷特性が考慮される結果となった。しかし、この電力負荷特性が電力供給側の発電所の建設計画に与える影響など、長期的な影響が考慮されていない。よって、今後は長期電源構成モデルの作成が必要である。この長期電源構成モデルもスーパーコンピュータにより線形計画法を用いて求めるモデルである。また、排出場所の差異を検討する暴露量評価に関しては、ガスを主たるエネルギー源とする熱源システムほど大きい結果となった。

参考文献
1) Report on the International Workshop on Electricity Data for Life Cycle Inventories; http://www.epa.gov/ord/NRMRL/Pubs/600R02041/600R02041.htm 
(アクセス日 2004.2)

2) 日本建築設備士協会空気調和設備シミュレーション研究会;国内の空調装置シミュレーションプログラムの比較, 空気調和・衛生工学No.58-7, 683-696.

3) 資源エネルギー庁;電力調査統計月報 2000年4月分~2001年3月分

4) 鶴崎敬大, 佐川直人, 中上英俊;電力地球温暖化対策評価におけるCO2排出原単位の検討, エネルギー・資源学会研究発表会講演論文集, (2002), 385-390.

5) 資源エネルギー庁;平成13年度電力需給の概要, (2001.3)

6) 大阪ガス;環境・社会行動レポート2003

7) 大阪府;大阪環境白書, (2001)

8) Yuichi Moriguchi, Atsushi Terazono ;A Simplified Model for Spatially Differentiated Impact Assessment of Air Emissions -The International Journal of LCA Vol.5 No.5 (2000)