SX-4を使ったGussian94による
水素終端Si(111)表面初期酸化過程の検討

金島岳、弓達新治、奥山雅則
大阪大学基礎工学研究科
平成12年3月21日


1.はじめに

 近年の計算機の非常な高速化により、材料探索や、反応解析のためにad-initio量子化学計算によるシュミレーションが広く用いられるようになっている。また計算方法の改良も合わせ、反応座標や遷移状態の大規模な計算も行なうことが可能となりつつある。しかし、大規模計算であり、多量の計算機資源を必要とすることに変わりはない。そこで実用的な計算を行ない、どの程度の計算機資源が必要であるかを調べた。
 ここでは、Si表面初期酸化過程の計算を行なった。Si酸化膜はLSIのゲート絶縁膜として使われており、その信頼性はLSiのデバイスとしての信頼性に直結する。また、高集積化のために2mm程度の非常に薄いSi酸化膜が求められている。そのような極薄シリコン酸化膜を作製するためには、Si表面レベルの平坦化、およびその表面酸化過程の解明が必要である。Si表面の初期酸化過程の計算はいくつか報告があるが3,4,7-9、より現実的な系―水素終端Si表面と酸素分子については殆ど報告がない。そこで、本研究では、水素終端Si(111)と酸素分子との反応クラスター計算を行ない、初期化の様子を調べた。

2.計算方法、

 計算は、すべて大阪大学大型計算機センターで行なった。使用した分子軌道計算ソフトウェアはGaussian94で、SX-4上で動作させた。プリ・ポストプロセッサはCerius2を使用した。本文中で使用しているクラスターの図は全てCerius2でPostscriptファイルに出力したものである。p4クラスのbatchで実行し、以下のオプションにより実行情報を収集した。
  1. F_PRINDIFF=NO
    export F_PRINDIFF
    F_PROGINF=DENTAL
    export F_PROGINF
 Gaussian94は大きな一時ファイルを使用するため、以下のように/jimpを使い高速化を図った。

また、半経験的計算により反応の概略を調べ、その後、密度汎関数法(DFT)により精度を上げた計算を行なった。基底関数は3-21Gを使用した。
 図1に使用したクラスターを示す。これは、水素終端Siは全て自由に動けるようにし、周りの水素を固定することで結晶構造を維持するようにした。Si-Si距離の初期値は実測値2.35Aとし、Si-H距離は、1.48Aに固定した。(Si-t中心の Si-中心のH)面に対して対称とし、酸素および表面水素の2面角は固定した。



3.結果

3.1 Si-O-Si結合の計算

 Siの表面初期酸化においては、mバックボンドから酸化されるといわれている。そこで、まずバックボンドが1つ酸化された構造をab-inition密度汎関数法により求めた。Becke's three-parameter fomulation(B3LYP)を使用して計算を行なった。(計算時間は付録A参照。)


 図2に安定構造を示す。Si-O距離は1.6Aと、バルクシリカガラス(アモルファルSiO2)において約144°といわれているが、Si/SiO2界面ではストレスやサブオキサイドの影響などによりこの値より小さくなるとの報告がある。本計算は135°となっており、実験結果と良い一致を示している。よって、B3LYP/3-21Gで水素終端Si表面酸化状態(安定構造)は再現可能であると考えられる。

3.2 半経験的計算によるO2分子反応の計算

 Siバックボンドが酸化された状態は実験と良く一致することが示されたので、次に酸素分子による表面初期酸化過程についての計算を行なった。非経験的計算は、計算時間がかかるため、まずおよその構造を計算時間の短い半経験的計算で探した。計算は全てGaussian94で行ない、パラメータはAM1とした。(計算時間は付録B参照。)
 図3に計算された安定状態を、図4に遷移状態を示す。安定状態では、O原子がSi-Siの間に入り込んでおりO-O距離はほぼ1.2Aと実験値と近い値になっている。また、酸素が3配位になっていることが計算された。
 また、反応前の構造を求めた。SiクラスターとOの距離を十分離して、両者のクラスターの構造安定化をさせた結果を図5に示す。Si-Si距離は2.4Aと、Si結晶における結合長の実験値と良い一致を示しており、この状態でO2からの影響を殆ど受けていないと考えられる。

3.3 密度汎関数法によるO2反応計算 

 活性化エネルギーを求めるために密度汎関数法を用いて水素終端Si表面クラスターとO2分子との反応を調べた。初期構造はAMIで求めたものを利用した。Gauusian94ではスピン状態を指定する必要があるが、酸素分子で基底状態のスピン状態がtripletであることより、tripletを指定し、非制限計算を行なった。






 まず、反応する前のエネルギーを求めた。AM1の結果(図5)を初期構造としてB3LYP/3-21Gにより構造の最適化を行なった。なお、SiクラスタとOの距離は固定した。図6は計算結果を示す。Si-Si結合距離は2.33Aとほぼ実験値と一致しており、Oからの影響を殆ど受けていないと考えられる。次に、AM1の結果(図3)を初期構造として、構造安定化を行なった。(計算時間は付録C参照。)結果を図7に示す。酸素分子が解離し、Si-O-Si結合が形成されて安定化することが示された。
 最後に遷移状態の計算および、振動解析を行なった。図8に遷移状態の計算結果を示す。酸素およびSi間の距離が実験値よりわずかに大きくなっている。振動解析を行なったところ、酸素が乖離する方向に虚の振動を持つことが示され、遷移状態である可能性が示唆されたが、IRC計算により反応経路の確認を行なう必要があると思われる。(計算時間は付録D参照。)
 活性化エネルギーの変化をまとめると、図9のようになる。酸素分子がSiバックボンドを1つ酸化するためには1.11eV必要であり、Si-O-Si+Oで安定することが示された。(計算時間は付録E参照。)水素終端されておらず、ダングリングボンドを持つSiアドアトムへO分子が反応するときの活性化エネルギーは既に報告されている。これによると、O分子が表面に接近し、物理吸着するときの活性化エネルギーが2.5eV、Si-Si結合をきるためのエネルギー1.2eVである。さらに、Si-Hを切る反応は起こりにくいことにより、水素終端Si(111)表面においては、今回計算した水素終端Siのバックボンドを直接攻撃する反応が比較的起こり易いことが示唆された。








A Si-O-Si結合の計算時間

 Si-O-Si結合計算に使用したG94のコマンド、ファイルサイズおよび計算時間を示す。構造最適化した変数は結合距離5、結合角5、2面各1の合計11個である。

#B3LYP/3-21G* FChk=OptInt Opt=(Z-Matrix,,
 MaxCycle=50) SCF=MaxCycle=256

File lengths (MBytes) : RWF=   42 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 SRC=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 3434.969448
Sys Time (esc) 213.581399
Vector Time (esc) 1597.167053
Inst.Count 20221451806
V.Inst.Count 19402393258
V.Element Count     2177811139301
FLOP Count 828725030854
MOPS 687.232546
MFLOPS 241.261252
VLEN 112.244459
V.Op.Ratio (%) 92.255787
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 58.869243
I-Cache (sec) 110.064745
O-Cache (sec) 87.958163
Bank (sec) 4.736364
なお、この計算を行なった際,SCFおよび構造最適計算が収束せず8回errorを起こした。特に、初期構造のOの位置が適切でないと、構造最適化が失敗(打ち切り回数の50回以上)となった。これらの計算は1回あたりUser Timeのほぼ50%で一定であった。失敗を含め計算に利用した時間の統計は27,000秒であった。

B 半経験的計算によるO分子反応の計算時間
 半経験的計算によるO分子反応の計算の流れを述べる。構造最適化した変数は結合距離6、結合角6、2面各1の合計11個である。全てGaussian94のAM1で計算を行なった。1)前節で求めたSi-O-SiのOの位置にO分子をおき構造最適化する。2)十分離れた点から構造最適化した位置までをGaussian94ののSCANコマンドにより反応座標を計算する。3)遷移状態をGaussian94のSCANコマンドにより計算する。4)遷移状態が正しい方向を向いてるかどうか、Gaussian94のFREQコマンドで振動解析を行なう。以下の例は、構造最適化を行なったときの、実行情報を示す。この系においては典型的な出力である。

#AM1 FCHK=OPTINT OPT=(Z-MATRIX,
 MAXCYCLE=99) SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=   5 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 28.151421
Sys Time (esc) 53.451633
Vector Time (esc) 6.995417
Inst.Count 1646169700
V.Inst.Count 99896968
V.Element Count        3787800383
FLOP Count 331474353
MOPS 189.477933
MFLOPS 11.774693
VLEN 37.917071
V.Op.Ratio (%) 71.011407
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 15.475545
I-Cache (sec) 1.760194
O-Cache (sec) 0.854065
Bank (sec) 0.000097
酸素の位置が適切でないとSCFや構造が収束せず、20回試行錯誤の計算を行なった。
計算時間は、26-140秒でVector TimeはUser Timeの約20%であった。これらの計算に使用した時間の総計は1,500秒であった。Vector化は悪いものの、密度汎関数法に比較して約2桁高速であり、試行錯誤には都合よいと思えわれる。

C 密度汎関数法によるO反応計算時間
 密度汎関数法で安定構造を求めたときの実行情報を示す。

#B3LYP/3-21G* FCHK=OPTINT OPT=(Z-MATRIX,
 MAXCYCLE=99) SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=  89 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 16978.81742
Sys Time (esc) 588.353947
Vector Time (esc) 9539.876277
Inst.Count 917894199878
V.Inst.Count 121869909505
V.Element Count    15977102296322
FLOP Count 6287842959684
MOPS 987.826546
MFLOPS 370.334564
VLEN 131.091443
V.Op.Ratio (%) 95.253886
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 54.061138
I-Cache (sec) 537.328854
O-Cache (sec) 369.029995
Bank (sec) 20.929611
この計算は、AM1による安定化結果を利用したのであるが、計算時間が5時間弱と比較的長いものとなった。大きく構造が変化していることはないが、最適化した変数を詳細に見ると最大で15%ほど変化していた。

D 振動解析計算時間
 振動解析を行なったときの実行情報を示す。構造最適化は行なわず、FREQコマンドにより振動解析のみを行なった。

#B3LYP/3-21G* FCHK=OPTINT EREQ
 SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=  70 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 5655.551585
Sys Time (esc) 23.946464
Vector Time (esc) 3805.245699
Inst.Count 293472691827
V.Inst.Count 10241190763
V.Element Count      7456240395731
FLOP Count 3899623849783
MOPS 1352.176011
MFLOPS 689.521401
VLEN 72.806381
V.Op.Ratio (%) 97.501592
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 51.891082
I-Cache (sec) 62.999507
O-Cache (sec) 420.639962
Bank (sec) 2.320988

E 密度汎関数法計算時間のまとめ
 DFTによる活性化エネルギーの計算を行なうのに投入したjobの回数および合計時間を示す。遷移状態は収束しないことがあり、初期構造を多少変化させながら試行を行なった。
F 計算時間の比較
 一般に密度汎関数法は計算時間が短いといわれているが、この程度の系においてはB3LYP/3-21G*とMP2/3-21G*の間に大きな差は見られなかった。Siバックボンドを1つ酸化したときの安定状態の計算を示す。
制限密度汎関数法(B3LYP/3-21G*)

#B3LYP/3-21G* FCHK=OPTINT OPT=(Z-MATRIX,
 MAXCYCLE=99) SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=  49 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 6461.447791
Sys Time (esc) 318.158986
Vector Time (esc) 3067.704229
Inst.Count 379340356253
V.Inst.Count 37080793106
V.Element Count      4325944324259
FLOP Count 1654690316529
MOPS 722.470263
MFLOPS 256.086619
VLEN 116.662670
V.Op.Ratio (%) 92.668282
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 58.708260
I-Cache (sec) 191.902709
O-Cache (sec) 175.077964
Bank (sec) 14.084807

非制限密度汎関数法(UB3LYP/3-21G*)

#UB3LYP/3-21G* FCHK=OPTINT OPT=(Z-MATRIX,
 MAXCYCLE=99) SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=  89 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 7968.087843
Sys Time (esc) 336.108290
Vector Time (esc) 4416.166406
Inst.Count 432174056421
V.Inst.Count 58230301930
V.Element Count      7482076983119
FLOP Count 2953939444955
MOPS 985.935508
MFLOPS 370.721245
VLEN 128.491125
V.Op.Ratio (%) 95.240036
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 54.238114
I-Cache (sec) 247.366595
O-Cache (sec) 187.891118
Bank (sec) 14.815780

非制限摂動計算(MP2/3-21G*)

#UMP2/3-21G* FCHK=OPTINT OPT=(Z-MATRIX,
 MAXCYCLE=99) SCF=(MAXCYCLE=256)

File lengths (MBytes) : RWF=  89 Int=   0
 D2E=   0 Chk=   2 Scr=   1

  ******  Program Information  ******
User Time (sec)   : 5261.573834
Sys Time (esc) 188.718329
Vector Time (esc) 2612.641821
Inst.Count 305342073567
V.Inst.Count 31872348429
V.Element Count      375470309679
FLOP Count 1399103395853
MOPS 765.583255
MFLOPS 265.909676
VLEN 117.804407
V.Op.Ratio (%) 93.211073
Memory Size (MB) 958.031250
MIPS 58.032460
I-Cache (sec) 48.869679
O-Cache (sec) 65.142536
Bank (sec) 17.710712
計算された最適構造は3つともほぼ同じである。今回の場合は、MP2/3-21G*が最速となったが、Vector Timeなどの比率はほぼ一定であり、DFTは小さな系であまり有効でないと思われる。しかし、より大きな系で計算を行なった場合は高速化される可能性がありさらなる検討が必要である。

参考文献
  1. J.B.Foresuman and AE.Frisch: Exploring Chemistry with Electronic Structure Methoods,Gaussian Inc.,Pittsburgh,second edition(1993).
  2. M.J.Frisch,G.W.Trucks,H.B.Schlegel,P.M.W.Gill,B.G.Johnson,M.A.Robb,J.R.Cheeseman,T.Keith,G.A.Petersson,J.A.Montgomery,K.Raghavachari,M.A.Al-Laham,V.G.Zakrzewski,J.V.Ortiz,J.B.Foresman,J.Cioslowski,B.B.Stefanov,A.Nanayakkara,M.Chllcombe,C.Y.Peng,P.Y.Ayala,W.Chen,M.W.Wong,J.L.Andres,E.S.Replogle,R.gomperts,R.L.Martin,D.J.Fox,J.S.Binkley,D.J.Defrees,J.Baker,J.P.Stewart,M.Head-Gordon,C.gonzalez,and J.A.P.and:Gaussian 94,Gaussian,Inc.,Pittsburgh PA(1995)
  3. T.Hoshino:Phsy.Rev.B 59(1999)2332-2340.
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  6. H.Ikeda,K.Hotta,T.Yamada,S.Zaima,Y.Yasuda:Jpn.J.Appl.Phsy.34(1995)2191-2195.
  7. K.Sakata,A.Tachibana,S.Zaima and Y.Yasuda:Jpn.J.Appl.Phsy.37(1998)4962-4973.
  8. B.B.Stefanov and K.Raghavachari:Appl.Phys.Lett.73(1998)824-826.
  9. S.Yudate,N.Okada,T.Kanashima,M.Okuyama and K.Nihihara:Precision Science and Technology for Perfect Surfaces (eds.Y.Furukawa,Y.Mori and T.Kataoka),Osaka,Japan(1999),The Japan Society for Precision Engineering(JSPE),9th Int.Natl.Conf.on Production Engineering.
  10. 国立天文台(編):理科年表,63,丸善,東京都(1989).
  11. 義人,真司:固体物理23(1988)888-899.