業務及び研究の報告

コンピュータ実験科学研究部門
Computer Assisted Science Division


1.部門スタッフ

教授 小田中紳二
略歴:1978 年3 月京都大学工学部数理工学科卒業、1980 年3 月京都大学大学院工学研究科博士前期課程数理工学専攻修了。同年4月松下電器産業株式会社入社、同半導体研究センターを経て、1997 年4 月松下電子工業株式会社プロセス開発センター室長、2000 年4 月より、大阪大学サイバーメディアセンターコンピュータ実験科学研究部門教授。IEEE、電子情報通信学会、応用物理学会各会員。工学博士(京都大学)。

2.概要: コンピュータ実験科学

 今年度のコンピュータ実験科学研究部門における研究概要を述べるため、まず、“コンピュータ実験科学”について紹介する。
 情報化社会の新たな問題を設定し、解決していくためには3階層にまたがる学際的研究が必要になってきている。その一つは、数学モデル、物理モデルや新規アルゴリズムの研究分野と、それを基に、どのようにコンピュータモデルを構成していくかを研究する分野、さらに、コンピュータモデルを利用して現実社会における問題の設定・解決をどのように進めていくかを考える分野である。また、この流れの向きを変えた研究の取り組みも重要になってきており、この場合、理論に先立った“実験的要素”の果たす役割も大きい。
 コンピュータ実験科学研究部門は、計算数学を基にしたコンピュータモデルの構成に関する研究を中核にして、3 階層にまたがる学際的研究の確立を目指し、以下の研究を進めている。  これらの研究の展開は、情報化社会を支える情報集積システムを今後どのようにしていくかという問題に関わっている。現在の情報化社会の到来は、超LSI と呼ばれる大規模集積回路の発展が大きな役割を果たしてきたことは論をまたない。今後、超LSI は情報集積システムへと飛躍する時期
にきており、それを支える電子デバイス技術自体も新たな展開が必要になってきている。現在、集積システムを構成する電子デバイスはCMOS と呼ばれるSi-半導体デバイスであるが、このデバイスは集積回路を実現する上でブール代数を基礎にした記号論理との整合性がよく、微細化するほど速度、消費電力、高密度化性能が向上する。このため、微細化の促進は大きな経済的インセテイブになっている。情報集積システムを実現するためには、2005 年には、CMOS デバイスを35nm にまで微細化する必要があると予測されはじめている。Si のド・ブロイ波長が5nm, 平均自由行程が10数nm程度であることを考えれば、量子デバイス技術、ナノテクノロジーを想起するまでもなく、情報化社会の発展にとって新たな問題を提起していることがわかる。実際、2005 年へ向けての技術開発と、それ以降の新たな技術的道筋が模索しはじめられている。
 このような状況下において、極微細構造内の電子輸送現象に関わる基礎的問題が提起される。この問題に対する数理モデリングは、今後、大規模数学モデルとしての研究が新たに重要になると考えられる。

3.研究成果と今後の展望

 各研究テーマにおける本年度の研究成果について述べる。

3.1 非線形偏微分方程式に基づく数理モデリングと計算数学に関する研究

 自然現象や社会現象をモデル化する場合、その現象は非線形であり、複数の微分方程式の系によって記述されることが多い。半導体内電子輸送現象は、Poisson-Boltzmann 方程式系によってモデル化される。このマスター方程式からは様々な数理モデルを階層的に導出することができる。その一つに流体近似によるドリフトー拡散モデルがある。このモデルは、現在、超LSI開発に幅広く用いられているものであり、放物―楕円型方程式系として数学解析されてきた。一方、放物―楕円型方程式系は様々な数理現象において現れる。その中の一つに粘菌の動物態から植物態への移行を説明するものとして、Keller-Segel 方程式系として提出されている走化性方程式系がある。両方程式系は全く異なった数理現象であるが、系の自由エネルギーをもとにした時間発展現象と捉えると、その大域挙動を与えるLyapunov関数の構成において同一形で捉えることができることがわかった。さらに、理学研究科数学系では、非定常問題に対するLyapunov関数と定常問題における変分構造の導入によって、自己相互作用粒子系の数理の解明が進められている。

3.2 半導体コンピュータモデル(粒子モデル・連続体モデル)の構成に関する研究

 半導体内電子輸送に関するコンピュータモデルは、偏微分方程式を基礎にした連続体モデルから差分スキーム、有限要素法を用いてコンピュータモデルを構成することができる。また、Boltzmann方程式をモンテカルロ法によって、直接的にモデリングする粒子モデル化の方法もある。
 粒子モデルは電子の散乱過程をバンド構造を考慮してモデル化することができ、FB-MC 法と呼ばれている。このとき、波数空間の離散化が必要になる。従来の直方体メッシュによる離散化手法では、26万点以上の細かな節点が必要であり、散乱確率計算における状態密度計算や等エネルギー面の探索アルゴリズムが複雑である。このことが、FB-MC 法が膨大な計算時間を要する一因になっている。このため、等エネルギー面に割り当てた四面体メッシュで波数空間を離散化するシンプレックス法が近年提案されている。シンプレックス法はいくつかの数値計算上の利点を有しているが、その評価は十分には進んでいない。
 波数空間の離散化に対する運動量・エネルギー保存則の精度をコンピュータ実験によって評価した。一般には、離散化空間においても保存則を保持できるとは限らない。電子電子散乱過程では、フォノン散乱に比べてエネルギー運動量保存則を一桁高精度に計算する必要があることが見出された。また、エネルギー保存則の評価精度は、電子エネルギー分布の高エネルギーテイルの形状に影響することがわかった。

3.3 コンピュータモデルを用いた半導体素子の設計手法の研究

 現実問題の解決にあたっては、コンピュータモデルは様々に複合化されることが多い。超LSI開発においては、半導体コンピュータモデルを統合化して、TCAD( Technology Computer-AidedDesign)とよばれる大規模設計システムを構築している。これによって、シミュレーションによる物理現象解明やトランジスタ性能予測とともに、ゲートパタン、配線構造、トランジスタプロファイルなどの設計にコンピュータモデルが幅広く利用されている。しかしながら、コンピュータモデルの統合化は、経験的側面が強いのが実情である。
 コンピュータモデルが統合化されたTCAD システムを、Time:設計段階、Domain:適用範囲、Hierarchy:設計階層の3つの尺度から捉え、その構成について論じた。定式化は十分ではないが、現実問題の解決を進めるために、HierarchicalTCADについて新たに提案している。

4.研究成果要覧

4.1 学会などに対する貢献

 電子デバイス、モデリング・シミュレーションに
関する海外学会、国際会議に関する実行委員長、AdCom member, プログラム委員として参画し、国際的な学術交流のために貢献している。

4.2 研究発表論文一覧

4.2.1 学術論文誌

  1. 広木彰、小田中紳二、“Full band Monte Carlo 法における運動量空間離散化の精度評価、電子情報通信学会論文誌, pp.894-895, September 2000.
  2. 広木彰、小田中紳二、Full band Monte Carlo 法におけるエネルギー運動量保存則の高精度計算、電子情報通信学会論文誌, March 2001.
  3. T.Noda, S.Odanaka, and H.Umimoto, “Effects of end-of-range dislocation loops on transient enhanced diffusion of indium implanted in silicon,”Journal of Applied Physics, pp.4980-4984, Vol.88, No.9, November 2000.

4.2.2 口頭発表(講演、国内研究会など)

  1. 小田中紳二、“MOS デバイス設計におけるTCADの役割”、TCAD 産学協議会研究会、June2000.
  2. 小田中紳二、“半導体デバイス方程式の数理的考察:系の自由エネルギーと時間発展”、走化性方程式に関する集中セミナー, October 2000.
  3. 小田中紳二、“情報集積システムを実現するトランジスタ技術とその設計手法”,  電気4学会関西支部講演会、November 2000.